日本でイタリアのメンズファッションがトレンドとなって久しいですが、特にナポリ仕立ては人気のあるスタイルですね。
ナポリ仕立てというとキートンやチェザレアットリーニなど、超のつくような高級ブランドを頭に浮かべる人も多いでしょう。
しかし一方で、そんな高級ブランドには目もくれず、我が道をゆく人もいます。
そんなプライドを持った日本の目の肥えた紳士に愛される、ナポリのブランドが2つ。
一つはダルクオーレ、そしてもう一つはラベラサルトリアナポレターナです。
ナポリには星の数ほどサルトリアが存在するといいますが、日本で手にすることのできる本格的サルトリアはそれほど多くはありません。
その中でも群を抜いて輝きを放つのが、この2ブランド。
果たして、どこがどう違うのかを、両者を比べながらじっくりと検証して行きたいと思います。
ブランドの歴史と特徴
ダルクオーレとラベラサルトリアナポレターナ、この二つのブランドを歴史と特徴で比べてみましょう。
イタリアのメンズファッションの背景
二つのブランドを比べる前に、少しだけ前提として知っておきたいことがあります。
イタリアのメンズファッションを語るには、その背景が必ず絡んでくるからです。
ナポリの男性のファッション哲学には、二つの柱があります。
一つは魅せるためのファッション。
ナポリの男性は「きちんとした落ち着きのある、エレガントな外見は、最低限のマナー」としています。
そのマナーに必要なものがジャケットです。
だから、ナポリの街の映像や写真などを見ると、どんなおじいさんでも小さな男の子でも、ジャケットを着ていますよね。
それはすなわち、最低限の人としてのマナーだということです。
そして、もう一つの柱は、「着心地へのこだわり」。
これは温暖な気候ならではだと思いますが、ナポリは一年を通して暑い時期が多い。
もちろん冬は寒くなりますが、それでも13度くらいまでしか下がらないといいます。
イギリスから入ってきたスーツ文化ですが、イギリス式のコンパクトでタイトな、体を締め付けるようなスーツは暑い地域の人には少し合わなかったのです。
そこで、シルエットはそのままに、まるでシャツのように薄くて風通りが良く、肌触りが良くてなめらかなスーツが開発されました。
これがナポリ仕立てと呼ばれる芯材や裏地、肩パッドを用いない製法です。
余談ですが、ナポリ仕立ては「アンコン仕立て」と良く混同されます。
実は、アンコン仕立ては一枚布で作った、芯材や裏地、肩パッドを用いないラフな製法のこと。
その製法で作られたジャケットは、平面的で作りもシンプル。
仕上げもノンアイロンやウォッシュ加工を施された気軽に羽織れる雰囲気です。
対して、同じ芯材なしの裏地抜きでも「センツァ・インテルノ」という製法があります。
こちらが本来ならクラシコイタリアのナポリ仕立てと言うにふさわしく、芯材や肩パッド、裏地がないということを除いては、全くのサルトの作り方を踏襲しているのです。
さて、これから比較する2大巨匠は、二人ともハンドメイドのサルトです。
しかし、その考え方は対極といってもいいほど異なっています。
ダルクオーレの歴史と特徴
ダルクオーレは1970年代に創立されたサルトリアです。
ナポリのほとんどの仕立て屋がそうであるように、ダルクオーレも25歳の時に叔母の営むドレスメーカーで見習いとして修行を始めます。
彼のナポリ仕立てはその際に習得されました。
しかし、ダルクオーレの修行デビューは他のサルトよりも遅いです。
そこがダルクオーレのユニークな点で、彼は修行に入る前の6年間、ドイツを皮切りにヨーロッパを旅行し、見聞を広めていました。
その旅行体験と、ドレスメーカーで培った繊細な技術こそが、のちに彼の独創的な作風にも繋がってきます。
ダルクオーレの服は、ストイックなまでに繊細で丁寧。
ハンドメイドにしては完璧すぎるくらいの同じ幅の細かなステッチや、エッジすれすれに打ち込むステッチ。
布の重なる部分をできるだけ気づかせないかのような継ぎ目。
それらが作用しあい、ダルクオーレの作り出す服はシャープでエッジが効いています。
また、全体のシルエットもある種緊張感が漂うような、広い肩幅に対してぎゅっと絞り込むウエストライン。
アームホールはあくまで狭く、高めに設定してあり、腕を上にあげてもサイドの生地が一緒についてくることはないといいます。
それほどにフィットした着心地にこだわるのは、「第二の皮膚のような」服を目指しているから。
皮膚は人間の動きにもだぶつかずについてきますよね?
まるで着ていないかのような、完璧な服づくりを目指していると言っても良いでしょう。
また、彼の特徴とも言えるディテールの一つとして、マニカ・カミーチャがあげられます。
サルトによってスーツやジャケットへの考え方も様々で、肩をマニカ・カミーチャで作らないサルトもいます。
しかし、ダルクオーレのスーツやジャケットは、古典的なナポリのディテールを踏襲しており、マニカ・カミーチャは必須なのです。
ダルクオーレのマニカ・カミーチャは、神経質なまでの繊細な作りで、いくつもの美しいギャザーが波打ちます。
そのギャザーの波が作り出すうっとりするようなドレープ感。
それこそが、王道ナポリと言わんばかりのダルクオーレのジャケットです。
ラベラサルトリアナポレターナの歴史と特徴
ラベラサルトリアナポレターナは1990年にスタートした、比較的新しいブランドですが、創業者のオラッツィオ・ルチアーノ氏は、30年ほどもあのキートンでマスターカッターをしていた人物です。
つまり、生粋のナポリ仕立てといってもおかしくはなく、ブランド名はそのものズバリ、「ラベラ(=本物の)サルトリア(=仕立て屋)ナポリターナ(=ナポリの)」です。
このブランド名には「ナポリ仕立てを牽引する」という自負が込められているのでしょう。
ルチアーノ氏はキートンに落ち着く前も、数々のサルトリアでマエストロを務めてきました。
その中にはナポリのディテールを確立した、かの「アットリーニ」もあり、ラベラサルトリアナポレターナはアットリーニやキートンの影響を自然に受けているブランドと言えるでしょう。
ラベラの服作りの特徴は、なんといっても「甘めの縫製」。
布と布を引っ張れば、継ぎ合わせている糸の伸縮がわかるほど、甘く縫い合わせてあります。
また、シルエットの丸みもその特徴の一つ。
ラベラのスーツやジャケットは、着心地を重視した、リラックス感溢れる服です。
ダルクオーレの服が、縫い合わせを引っ張っても崩れない緻密なステッチだとしたら、ラベラの服は縫い合わせから解れてしまいそうなほど甘いステッチ。
しかし、それは決して手を抜いているわけではなく、伸縮性を高めて自由度を取った、あくまでも着た人の心地よさを考えたもの。
例えて言うなら、全くタイプの違う画家です。
ダルクオーレはモダンアート。
感性を大事にし、細かな線や息遣いまで繊細にこだわる先進のモダンアートです。
対してラベラは、人々のリラックスした表情を、暖かなタッチで描いた人物画と言えるかもしれません。
ダルクオーレとラベラサルトリアナポレターナの魅力を比較
次に、二人の巨匠の作風について、詳しく見比べていきましょう。
もちろん、どちらが良いとか、そういう問題ではありません。
スタイルの違う二つのブランドのポイントを見比べたいという願いからの試みです。
比較ポイント1「肩」
肩のマニカ・カミーチャはナポリ仕立ての象徴とも言える重要な部分。
まずはダルクオーレのものです。
美しく繊細なマニカ・カミーチャですね。
細かく刻まれたギャザー、ギャザーから落ちる袖のドレープ。
また、ふんわりとした膨らみも特徴です。
まるで婦人服のブラウスの袖のようですよね。
次にラベラです。
ラベラのマニカ・カミーチャは少しゆったりしていますね。
リラックス感があり、緩やかに肩をホールドし、腕を通した時に自然な見えになるように計算されています。
ストンと落ちる自然な肩。
ラベラのスーツは着た時の丸みが特徴で、肩のラインも自然とそうなるように作られていると考えられます。
比較ポイント2「ボタンホール」
次はボタンホールを比べてみましょう。
まずはダルクオーレ。
マシンで施したようなまっすぐなラインで、きっちりと糸が打ち込んであり、整然としていますね。
端正という言葉がふさわしい、すっとした表情のボタンホールです。
ただし、折り返しの輪(外側の方)の形は、マシンで作ったような見るからに「輪っか」ではなく、緩やかにわずかにふくらみを持たせています。
これはおそらくハンドメイドでなければできない微妙なさじ加減。
ボタンホール自体もできるだけ布と同じ高さになるようにして、主張はしないけれど役目はしっかりと果たすようなスマートさを感じます。
では次に、ラベラのボタンホールです。
一目見て分かるように、ホール自体がとてもこんもりとして丸みを帯びていますね。
非常に立体的で、柔らかみがあります。
ボタンホールにも個性があるんだな、と思ってしまう独特なものです。
ボタンホールはさりげない部分ですが、意外とそのブランドの素顔が見られる場所でもあります。
今度どこか店舗に行ってみたら、試しに色々見比べて見るのも面白いかもしれません。
比較ポイント3「ステッチ」
ではこちらも特徴がよく出る、ステッチをごらんください。
ダルクオーレから。
ラペルに注目してください。
端ギリギリにステッチが打ってあります。
しかも、同じ糸の強さで、同じピッチ(幅)ですね。
これはもう本当に、職人技としか言いようのないほどの高度なテクニックを要するものです。
そして、こちらは行程中の仮糸。
仮糸の段階から同じピッチで細かく縫ってあるのには、もう脱帽です。
オーダーメイドのテーラーで見たことがあるかもしれませんが、普通ここまで仮縫い糸を細かく打ちません。
しかし、ダルクオーレの仮縫いは、見るだけで気の遠くなるような作業が想像できます。
美の追求において、一切の妥協を許さない職人の頑固さが、かいま見えるようです。
出来上がりはこんな感じ。
仮縫いの糸を生地に合わせた糸に変えただけと錯覚するような、見事なハンドステッチです。
さらに、肩の山のライン、袖の継ぎ目のラインは引っ張ってもおそらく糸が見えないくらいだろうと想像できる、きっちりとした仕上がり。
ラペルの上襟と下襟の継ぎ目もぬかりありません。
次に、ラベラです。
補強布ですが、ステッチの大きさはあえてきっちりとしていません。
こちらだともっと分かりやすいでしょうか。
ラペルの端のステッチは、糸の強さもひと針ひと針違いますね。
ラペルの上襟と下襟の重なる部分も若干甘めです。
これは意図して行っていることで、糸の伸縮があることで遊びができ、体を動かした時のフィット感につながるのです。
ラペルの折り返しの柔らかな曲線。
丸みを出すために、ラベラがどんなに心を砕いているかをうかがい知ることができます。
そして、出来上がる曲線がこちら。
うっとりするほどまろやかで自然な、ストレスを感じない曲線です。
比較ポイント4「シルエット」
では、最後に両者の全体のシルエットを見てみましょう。
ダルクオーレからです。
着る人に合ったシルエットですね。
ダルクーレのジャケットはアームホールが高くて狭いので、腕を上げた時にサイドの生地がついてこないと言いますが、それを実証するような画像です。
腕を高く上げても窮屈そうではなく、自然な身のこなしですね。
体にジャストフィットした、とてもコンパクトなスーツですね。
無駄がなく、けれど窮屈そうではない、ウエストシェイプもバッチリです。
とてもくつろいだ感じは、まるで部屋着を着ているかのような雰囲気。
第2の肌を目指しているダルクオーレにとって、一番嬉しい着方かもしれませんね。
全体ではありませんが、パンツの美しさが分かる画像です。
ジャケットにばかり目が行きがちですが、ピリッとしたタッグも素晴らしいです。
ダルクオーレのこだわりが随所に散りばめられていることがわかります。
次はラベラサルトリアナポレターナを見てみましょう。
やはり、最初に目がいってしまうのは、ラペルの丸い曲線です。
この曲線があってこそ、より立体的に感じられますね。
ラベラの服はリラックス感がありますが、シルエットが意外とコンパクトでウエストが絞られたものも多くあります。
トレンドを上手に取り入れながら、独自の手法は守っていくのは、さすがです。
ややゆとりのある着用感。
たっぷりとした、という形容詞までは使わないけれど、リラックスした、という言葉がぴったりなスーツです。
丁寧に仕上げられたディテール。
どこか温かみが感じられるのは、独特な丸みから醸し出される雰囲気なのかもしれません。
そして品の良い仕立て。
ラベラは高級ブティックというよりは、街一番の仕立屋さんが丹精込めて作ってくれた一張羅といった風情です。
ダルクオーレVSラベラサルトリアナポレターナまとめ
超高級素材でラグジュアリーなキートンや、ナポリの伝統を守る老舗のチェザレアットリーニを選択せず、ダルクオーレやラベラを選択する理由がお分かりいただけたでしょうか。
ナポリのブランド、ダルクオーレとラベラサルトリアナポレターナを比べて改めて感じたことは、全く異なった観点からスーツやジャケットを作っているということです。
伝統あるブランドながら新進気鋭の新人サルトのようなダルクオーレは、彼の感性を着る、彼の感性に賛同した人が彼の作り出す服を選択するというブランド。
ラベラサルトリアナポレターナはナポリ人に合った服作りを、地元で実直に続けている、心の通ったナポリの本物の仕立屋というにふさわしいブランドです。
今回比べてみたのは、肩のマニカ・カチャーミ、ボタンホール、ハンドステッチ、シルエットです。
マニカ・カミーチャはダルクオーレがたくさんの繊細なギャザーを用いて、ブラウスのような膨らみを作り出すのに対し、ラベラは自然な袖の落ち方を意識して作った、リラックスしたもの。
ボタンホールはダルクオーレが繊細なタッチでわずかなカーブを持たせ、端正ながらも使い勝手の良さを追求しているのに対し、ラベラは丸みがあってこんもりと立体的で、お母さんが愛する息子のためにひと針ひと針丁寧に縫ってくれたような仕上がり。
また、ダルクオーレのハンドステッチは、ため息が出るほどの美しさで、同じピッチで一定の糸の強さでまっすぐに運針していきます。
それに対し、ラベラのステッチはわざと遊びを作り、職人の勘によってひと針ずつ強さや大きさを変え、甘めに縫うことで、体の動きに対応できる糸の伸縮まで考えたものです。
さらにシルエットは、ダルクオーレが高めの設定で狭いアームホールを始め、体に吸い付くようなフィットしたシルエットに対し、ラベラは少しゆとりがあり、かといってトレンドはうまく取り入れた、リラックス感のあるシルエットです。
どちらが良いとか悪いというものではありません。
これはもう、個人の好みの問題ですね。
革新的な芸術的センスを求めるならダルクオーレ、昔ながらの職人が作った「仕立ての良い服」を求めるならラベラサルトリアナポレターナ。
あなたはどちらがお好みでしたか?