ヘンリー・プールはサヴィル・ロウ最古のテイラーとして知られる老舗ブランドという認識がありますが、実は他のテイラーとは別格にしたい理由があります。
ヘンリー・プールファンなら是非とも知っておいてほしい事実です。
言わずもがな、「サヴィル・ロウ」は英国スーツの聖地として、世界各国からファッショニスタがスーツを作りに訪れる場所。
服好きなら誰しも憧れる、イギリス・ロンドンにある有名なビスポーク・テイラーの立ち並ぶ地域ですね。
一時期は再開発と不況の煽りを受け、次々と暖簾を下ろす店舗が続出し、サヴィル・ロウ自体の存続が危ぶまれたこともありました。
しかし、200年の伝統を守ろうと、サヴィル・ロウ・ビスポーク協会が設立され、現在では世界各国から注目され続ける紳士服の聖地になったばかりでなく、各国の王室御用達となっている店舗が多数あります。
そんなサヴィル・ロウの中でもひときわ古くから居を構えていたテイラーが、ヘンリー・プール。
実は、サヴィル・ロウを紳士服の聖地にしたのは、何を隠そうこのヘンリー・プールなのです。
今回は、そんな伝説的テイラー、ヘンリー・プールを特集してみました。
日本との意外な繋がりのエピソードなども交えてご紹介しますので、どうぞゆっくりとお読みくださいね。
サヴィル・ロウ最古のテイラー|ヘンリー・プールについて
スーツ好きなら誰もが知る、ロンドンのサヴィル・ロウ。
ビスポークの紳士服を仕立てる最高のテイラーが軒を連ねる、紳士服の聖地とも言われるストリートです。
ビスポークとは「Be-spoken」(話し合う)から来た造語。
顧客と店側が話し合い、顧客の思い通りの服を完全オーダーメイドで作ることをビスポークと呼ぶようになりました。
そしてそのビスポークで仕立てる店が集まっているのが、サヴィル・ロウです。
サヴィル・ロウは、わずか全長500mの通りのことで、「ゴールデンマイル」との別名もつけられる特別な場所。
ヘンリー・プールは、そのサヴィル・ロウで一番古くから営業している仕立て屋で、「サヴィル・ロウ最古のテイラー」として広く知られています。
ヘンリー・プールの歴史
ヘンリー・プールは1806年にジェームス・プールが創業したメーカーで、創業当初はブランズウィックスクエアに、リネン商としてスタートしました。
創業直後は軍服の仕立てが専門で、ジェームス・プール自身もワールテローの戦いに従軍したと言います。
1822年、リージェント・ストリートに大型店舗をオープンし、その後オールド・バーリントン・ストリートに本店を構えました。
ジェームス・プールの没後は、息子のヘンリーが後を継ぎ、1846年に店舗をさらに拡大する形でサヴィル・ロウに移転しています。
この宮殿のようなショールームのある店舗こそが、スーツの聖地、「サヴィル・ロウ」の歴史の幕開けとなったのです。
その後、再開発などで一時コーク・ストリートへ移りますが、1982年にはサヴィル・ロウ15番地へ再び移転し、現在に至っています。
1876年、ヘンリーが亡くなると、ヘンリーの従兄弟アンガス・カンディとその息子のサミュエル・カンディが引き継ぎました。
ヘンリー・プールは、1858年にナポレオン三世の御用達の認定を受けたのをきっかけに、世界各国の王室から次々と御用達に認定され、今ではヨーロッパのほぼ全ての王室御用達となっています。
1900年初頭には300人のテイラーと14人のカッターを抱え、業界ではナンバーワン規模となり、現在でも創業以来の伝統を守り、軍服や各種儀礼服を作り続けています。
ヘンリー・プールのエピソード
ここで、ヘンリー・プールと深いかかわりのある人についてのエピソードをご紹介したいと思います。
第二次世界大戦で吉田茂の右腕としてGHQにも一目置かれていた白洲次郎は、イギリス留学中にはヘンリー・プールの常連客でした。
白洲次郎は1919年からケンブリッジ大学の聴講生としてイギリスに留学しており、学業の傍ら自動車に耽溺し、ライカのカメラ片手に親友の7代目ストラフォード伯爵ロバート・セシル・“ロビン”・ピングとヨーロッパ大陸をベントレーで旅行するなどしていた趣味人でもありました。
白洲は政府との関係も深かった実業界の要人としての顔とともに、晩年はイッセイミヤケのコレクションのモデルを務めたり、青山の紀伊国屋でイタリアン・ローストのコーヒーをよく購入していたなど様々な洒落者としてのエピソードも数多く残しています。
そんな洒落者や趣味人が愛したのがヘンリー・プールの仕立てた紳士服です。
ヘンリー・プールは、言うなればサヴィル・ロウを育て、有名にした人物で、イギリスの中でも特別な存在とのこと。
また、サヴィル・ロウで日本に最初に参入したのも、ヘンリー・プールです。
先に出た白洲次郎はもとより、昭和天皇や現天皇も愛用すると聞けば、日本との繋がりの深さが窺い知れますね。
もう一つ、ヘンリー・プールの偉大な逸話を。
タキシードの歴史で欠かすことのできない「スモーキングジャケット」は、ショールカラーで尾のない燕尾服のことですね。
これは、元来自宅の部屋着として、くつろいで喫煙する際に着用するためのデザインでした。
これを、1860年、エドワード皇太子の命によってフォーマルなディナーパーティー用として作ったのがヘンリー・プール。
このジャケットをいたくお気に召したエドワード皇太子が、ニューヨークにあるタキシード・パークのジェームズ・ポッター氏とともにロンドンで週末を過ごした際、ポッター氏にヘンリー・プールでスモーキングジャケットを仕立てることを勧めたのです。
ニューヨークに戻ったポッター氏が、タキシードバークラブでその新しいスモーキングジャケットを誇らしげに着用すると、会員仲間はすぐさまコピーを作り始め、ついにはクラブの「男性限定の」ディナーにおけるインフォーマルウェアとして認定されていきました。
今日アメリカでディナージャケットがタキシード(スモーキングジャケット)としてドレスコードになっているのは、ヘンリー・プールなしでは起こり得なかったといっても良いでしょう。
ヘンリー・プールのスーツの特徴は?
世界各国の王室御用達というだけあり、大量生産の消費社会とは真逆の、歴史と最高品質に価値を置くヘンリー・プール。
ヘンリー・プールのスーツの特徴というと、ドレープ感やウエストの絞り、スリーブヘッドの構造、ゴージラインなど、形をあげればもちろんそれなりのことを言うことはできます。
しかし、実際に顧客がやってきて求めるのは、むしろこのブランドの持つ「歴史」。
この生地はチャーチルが何年に作ったものと同じ生地だとか、そういうストーリーを楽しむために仕立てるお客さんが多いのだとか。
まさに、着道楽の真髄ですね。
また、完璧なスーツを作るには、完璧なスーツを作る職人が必要です。
ヘンリー・プールの半地下の工房では、分業でそれぞれの作業が行われており、どの職人も誇りを持って仕事をしているため、手抜きをしようなんていう発想は誰も持ち合わせていません。
基本的な製法は、採寸、デザイン、仮縫い、姿合わせ、解いて仮縫い、姿合わせ、解いて仮縫い・・・と完璧になるまで何度でも縫製を行います。
それにかかる時間は数ヶ月。
とにかく完璧に、それがヘンリー・プールのポリシーです。
店舗の1階にはショールーム兼カッティングルームがあり、テイラーワークショップにある地下(といっても半地下的なスペース)には制服部門と縫製工房があります。
ショールームには最高級のものを中心とした、2000種類を超える様々な生地見本があり、ヨークシャー、タダーズフィールドのミル(工場)から届いた高級ウーステッド、西部地方のリッチなフランネルなどを見ることができます。
スーツに合わせるアクセサリーやソックス、ブレイシス(サスペンダー)などもあり、見ているだけでもワクワクしそうな空間です。
オーダー客以外にも、見学に訪れる人も結構多く、どんな人にでも最高のサービスで暖かく迎え入れてくれる懐の広さを持っています。
また、2013年まではショップの中に日本人カッターも存在していました。
その時に来店すれば、日本語でのビスポークも可能だったかもしれませんね(実際この方に仕立ててもらった経験者もいるようですよ)。
ただし、英語が話せない顧客には事前に申し込んでおけば通訳を用意してくれるという噂も。
まさに、こちらの考えの上をいくジェントルメンな対応です。
また、海外の顧客も多く、イギリスへ出向けない世界中の顧客のために、世界各国で定期的なオーダー会を催しており、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、オーストリア、アメリカなどにマスターカッターが出張しています。
もちろん日本でもトランクショーと呼ばれるオーダー会を定期的に行い、有名百貨店でフルオーダーメイドとパターンオーダーメイドを展開しています。
ヘンリー・プールはスーツだけじゃない
ヘンリー・プールはスーツの他に、王室御用達の制服やアクセサリーなども作っています。
ここでは、スーツ以外のものもご紹介しますね。
Livery(制服)部門
ヴィクトリア女王の制服を作ったのち、1869年に王室御用達を認められてから、ヘンリー・プールには制服部門があります。
馬車の御者、歩兵、ショーファーなどの制服を担当してきた経緯があり、近年では州制服、州長官の宮中服や式服も任されているため、制服部門を再導入したとのこと。
使われる素材はベルベット、サテン、ゴールドレースなどを専門とし、宮中靴屋バックル、カットスチールボタンや三角帽、ドレスソードに至るまで制作しています。
こちらは1896年、宮中に上がる際に定められた宮中服で、州長官の規定の制服にもなっているものです。
規定されているのは、ブラックのシルクやベルベットで作られていること、スチールカットボタンがあしらわれていることです。
細かなディテールは前の時代の要素を踏襲しており、18世紀のかつらを着用していた頃の折りたたみ三角帽(シャボウ・ブラ)や、19世紀のぴったりとしたシルエットなどがその名残としてあります。
その一方で、1780年代のスタイルを繰り返す、この地味な制服を補うため、靴のバックルやカットスチールボタン、刀剣の柄の飾りなどが作られ、着る人の個性を表現するようになったとのこと。
現在でも1世紀以上前に設定されたこの基準とほとんど同じものが、完全オーダーメイドにて作られています。
アクセサリーなど
ヘンリー・プールでは、スーツや宮中制服の他にも、ネクタイや傘、カフリンクスやボタン、サスペンダー、セーターなどを取り扱っています。
上質なシルクを始め、豊富なラインナップを取り揃えているネクタイ。
ヘンリー・プールのオリジナルでブルー、グリーン、ブラック、ワインレッドが使われたナポレオンストライプ他、多数のコレクションがありますが、全て数量限定とのこと。
お気に入りの一本に巡り会えたらラッキーですね。
アンブレラはスウェイン・アドニー・ブリッグとのコラボレーションによる木製ハンドルで、ブラスカラーにヘンリー・プールの刻印が刻まれた、ナイロンカバー付きの高級傘です。
残念なことに、取り扱いは英国本店のみなんだとか。
サスペンダーをコレクションしている人にはたまらない、ヘンリー・プールのブレイシス(サスペンダー)。
鮮やかな色彩の布地と本革でできたハンドメイドの留め具は、見ているだけでも心が豊かになりますね。
見ただけで質の良さがわかる、最高級のウールやカシミアなど、着心地と美しさを兼ね備えたスタイリッシュなセーター。
色もふんわりと上品ですね。
ヘンリー・プールを日本でも購入できるのはどこ?
日本ではトランクショーとして、ホテルオークラで春秋の年2回オーダー会を開催しているほか、主要な有名百貨店でも購入することが可能です。
トランクショーはヘンリー・プール社からカッターが赴き、サヴィル・ロウ本店で作るのと同じ内容でビスポークを体験できます(完全予約制です)。
【トランクショー】
2017年の予定
春:4月22日(土)、23日(日)
秋:9月9日(土)、10日(日)
会場:ホテルオークラ東京 特設ルーム
時間:午前10時〜午後6時
(完全予約制)
【東北】
藤崎
仙台市青葉区一番町三丁目2番17号
022-261-5111(代)
仙台市青葉区一番町三丁目2番17号
022-261-5111(代)
【関東】
伊勢丹メンズ新宿店
東京都新宿区新宿3-14-1
03-3352-1111(代)
東京都新宿区新宿3-14-1
03-3352-1111(代)
日本橋三越本店
東京都中央区日本橋室町1-4-1
03-3241-3311(代)
東京都中央区日本橋室町1-4-1
03-3241-3311(代)
銀座三越
東京都中央区銀座4-6-16
03-3562-1111(代)
東京都中央区銀座4-6-16
03-3562-1111(代)
【中部】
松坂屋名古屋店
名古屋市中区栄三丁目16番1号
052-251-1111(代)
名古屋市中区栄三丁目16番1号
052-251-1111(代)
【近畿】
阪急メンズ大阪
大阪市北区角田町8番7号
06-6361-1381(代)
大阪市北区角田町8番7号
06-6361-1381(代)
【九州】
岩田屋本店
福岡市中央区天神2丁目5番35号
092-721-1111(代)
福岡市中央区天神2丁目5番35号
092-721-1111(代)
ヘンリー・プールまとめ
サヴィル・ロウ最古のテイラー、ヘンリー・プール。
ただ歴史があるというだけでなく、世界各国のロイヤルワラントの認定や、タキシードの原型を作るエピソードなど、本当に幾多の伝説がありましたね。
現在でも1世紀前と変わらない手法で英国の宮中着用服を作っているというのは驚きです。
また、あの白洲次郎や天皇陛下の御用達であることを考えても、その格式の高さがわかるというもの。
にもかかわらず、見学者には誰にでもウエルカムという懐の広さ。
さすが世界を相手にしている超一流は、誇りは持てど決してそれを鼻にかけることはないのです。
ヘンリー・プールのスーツは何がいいかというと、手間暇かけた完全な仕立てもさることながら、その道のプロに言わせると「ヘンリー・プールの歴史を着る」ということなのだそう。
これはナポレオン三世が着たのと同じ布地で、その布地は・・・と布地のストーリーまで話が広がるようなスーツを仕立てることに喜びを感じる紳士が、ヘンリー・プールのスーツを作るのを楽しみに来店するのだそうです。
私たちが日頃量販店で目にする大量生産のユニフォーム的な紳士服とは、世界観がまるで違いますよね。
同じユニフォームでも、英国宮中で着用される州長官の制服も、シルクやゴールド、ブラックベルベットがあしらわれた素晴らしいものです。
そして、それも全て完全なるオーダーメイド。
ショップの半地下の工房で働く職人さんたちも、皆誇りを持って楽しく働いているそうで、そんな人たちの手から生まれた服は、とても幸せ感がありますよね。
ヘンリー・プールの紳士服は、日本でも手に入れることができます。
年2回のホテルオークラでのトランクショーのほか、パターンメイドを取り扱う店舗も全国各地にあるのは嬉しいところ。
この記事を読んでますますファンになってしまったあなた、ぜひお近くのヘンリー・プールを取り扱う百貨店に足を運んでみて下さいね。