平均月収3万円の男達が、アルマーニやプラダ、ヨウジヤマモトといったいわゆるラグジュアリーブランドのスーツを身にまとい、ファッションに情熱を注ぐ。
その生活ぶりは決して裕福とはいえませんが、自分の月収の何か月分というお金を洋服に費やして生きていく。
こう聞くと、あなたは「そんなバカげた生活を送る人が存在するわけない!」と思われるかもしれません。
かもしれませんが、実際、そういう男達がアフリカのコンゴには存在するのです。
彼らは、”サプール”とよばれ、オシャレをすることで、貧困にあえぐコンゴの人々を勇気づけたい。
ただ、それだけのために、高価な洋服を身にまとい、街に繰り出すのです。
サプールについては、NHKの『地球イチバン』というドキュメンタリーの中で紹介されたり、冒頭の動画にあるようギネスビールのCMにも取り上げられたりしているので、もしかしたら、あなたもその名前くらいは耳にしたことがあるかもしれません。
世界から注目され、あのポール・スミスも2010年の春夏コレクションでは、サプールのファッションをモチーフにしたと語っています。
2016年には、沖縄で開かれる写真展と写真集の撮影を兼ねて来日した彼ら。
確かにサプールの男性はオシャレですが、オシャレというだけでこれほどまでに世界から注目されるものでしょうか?
その理由は、コンゴという地域で生まれ育ったサプールならではの生き方に秘密が隠されているのです。
サプールたちのタマシイ、それは”サップ”
コンゴの着飾った男性を全員サプールとよぶわけではありません。
また、サプールとは高価なスーツを着て、「今日から俺もサプールだ!」と自己申告するものでもありません。
サプールになるためには、地域の住民や先輩サプールに認められなければ、サプールにはなれないのです。
晴れて先輩たちにサプールとして認められれば、サップという集団に所属することになります。
サップとは、フランス語である「Société des ambianceurs ”et des personnes élégantes」の頭文字を取ったSAPE=サップの略であり、サップを日本語に訳すと、「オシャレで優雅な紳士協会」や「エレガントで愉快な仲間たち」といった意味になるでしょうか。
サップに所属する男性は、派手な色彩のハイブランドスーツを着こなし、帽子や葉巻、パイプやステッキといった小道具を使い、頭の先からつま先まで隙のない完璧なコーディネートを施します。
ただし、サプールは、モデルやエンターテイナーといった職業ではありません。
普段の彼らは、電気工事士・タクシードライバー・大工といった決して大金を稼ぐような仕事ではない職業に就き、洋服はそういった仕事で稼いだ収入を使って、購入するのです。
そして、土日になると、オシャレをし、サプールとして活動。
サプールとしての活動は、具体的に何をするのかといえば、ただ最高のオシャレをして、街に出ること。
まるで、そこがランウェイであるかのように砂埃が立つ未舗装の道を闊歩し、ステップを踏み、ダンスを踊る。
ただ、それだけ…。
彼らは、声高に平和を主張するわけではなく、ステージの上で公演をするわけでもありません。
彼らがそうする理由は、娯楽の少ないコンゴで、彼らのパフォーマンスこそが身近にあるエンターテインメントだからです。
ファッションへの情熱を絶やさず、コツコツお金を貯めてコーディネートするサプールの男性はコンゴの人々にとっては誇らしく感じることができる身近なヒーロー。
普段は自分たちと変わらない生活を送り、週末にはサプールに変身する姿は、子ども達の憧れの的でもあります。
サプールが「世界一エレガンスな男たち」とよばれる理由とは
サプールの男たちは、そんな裕福とはいえない生活の中、日本人の私たちからすれば、ちょっと考えられないような金額を洋服に対して使っています。
エンゲル係数とは、支出における食費の割合をさす言葉ですが、エンゲル係数が高ければ、家計に対する食費の割合は高く、「食べていくのに精一杯」な状態なので、その家計は裕福とは言えないとされていますよね。
エンゲル係数のように支出におけるファッションへの割合を表す言葉が見当たりませんが、彼らの支出に対する洋服への割合は、なんと40%~50%!
なんと、給料の半分近くをファッションのために使い、まさに「オシャレをするために生きている」といってもいいでしょう。
ちなみに、私たち日本人が家計の支出の中で洋服に対する割合は、平均で3.7%。
家計の支出のトータルが毎月30万円であれば、洋服を買うために使う金額というのは、11,000円程度ということになります。
この割合は、アメリカでは3.7%、オシャレ好きで有名な国民性のイタリアで6.0%、フランスで4.1%。
いかにイタリアやフランスの国民がオシャレ好きといっても、サプールは桁違いのお金を洋服に使っているのです。
ただ、コンゴが途上国なので、支出全体が低すぎるため、そういう割合になるのでは?
と思われるかもしれないので、途上国の数字を見てみると、カメルーン・ニジェール・アゼルバイジャンといった国で8%~10%程度の数字。
40%以上というのが、いかに突出した数字かが理解いただけるでしょう。
(参照:世界実情データ図録URL:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2270.html)
この支出に対する洋服へかける割合の高さこそが、サプールが「世界一エレガンスな男たち」や「世界一洋服にお金をかける男たち」とよばれている理由ですね。
サプールを生んだ悲しい歴史
サプールのルーツは、1920年代に活躍し、コンゴ共和国独立に大きな影響を与えた社会活動家であるアンドレ・グルナール・マツワにあります。
マツワは、コンゴで生を受け、その後、フランスに渡り、黒人に対する差別やコンゴの植民地統治に反対する活動を精力的に展開し、「サプールの父」と崇められる人物です。
フランス・パリで活動していたマツワは、コンゴに強制送還され、植民地政府によって投獄、最後は刑務所の中で死を迎えることになります。
マツワは、パリの紳士的な装いである「文明化された洋服」に身を包みながら、反植民地運動や黒人差別への反対運動を展開しており、そんなマツワのスタイルに魅せられた人々がコンゴ中に広がっていき、サップのはじまりだといわれています。
マツワのファッションを目にしたコンゴの人々は、私たち日本人が文明開化によって、西洋人のファッションを目の当たりにした時、その斬新でスマートな装いに憧れと驚きを感じたような感覚に近かったのかもしれません。
しかし、その後、クーデターによってコンゴの政権を手に入れたアフリカでも最凶の独裁者といわれるモブツ・セセ・セコは、そうしたサプールの文化でもある西洋文化を忌み嫌っていました。
モブツは西洋文化の象徴でもあるサプールの根絶を目指して、全国民に『アバコスト』とよばれる国民服を着用するよう強要するのです。
それに猛反対の姿勢を示したのが、コンゴの国民的歌手であったパパ・ウェンバ。
パパ・ウェンバは、「オシャレをやめれば、俺ではなくなる」とアルマーニやシャルル・ジョルダン、ヨウジヤマモトといったラグジュアリーブランドのスーツに帽子というスタイルでステージに立ち続け、サプールであることをやめませんでした。
その後、1980年代にコンゴで起こった内戦の影響で、サプールは一時、影を潜めますが、内戦終了後、コンゴが平和に過ごせるようにと立ち上がったのもサプールの男たちです。
エレガンスな恰好をすることが、コンゴの平和につながる。
そう訴え続けたのです。
このムーブメントが現在まで、受け継がれ、コンゴ独特のサプール文化へと繋がっていきます。
サプールは『平和の象徴』とよばれたりもしますが、サプールは体制への抵抗や平和への主張としてオシャレをしているので、「他人と争ったり、競ったりすることがない」という意味の平和とは少しニュアンスが違いますね。
決して破ってはいけない2つのルール
そんなコンゴの人達にとってヒーローであるサプールには、鉄の掟ともいうべき決して破ることができないルールが2つ存在します。
そのルールとは、
1.コーディネートに用いる色の種類は3色まで
2.モラルを重んじること
2.モラルを重んじること
たった2つのルールですが、このルールを守れないサプールは、サプールとして活動することが許されません。
まず、第一に使える色の制限という見た目のところで、ルールがあるのがサプールらしいといえば、サプールらしいですね。
彼らのコーディネートは、黒い素肌に目が覚めるような色遣いのスーツが目につき、パッと見は、とてもカラフルに見えます。
ただ、一人一人のコーディネートをよく見てみると、このルールに則り3色しか使っていないことがよく分かります。
「3色まで」というルールの中で、より個性的で自分なりのサップをいかに表現できるか?
こうしたルールの中で、サプール独自のファッションセンスは磨かれてきました。
サプールが原色に近い色彩のスーツを好むのも、このルールの中で、いかにファッショナブルに魅せるかということを考え抜いたためともいえるでしょう。
これはファッションのテクニック的な話になるのですが、Vゾーンの色は3色までというのが基本としてあるようにサプールが「使う色は3色まで」と決めることはコーディネート全体にまとまりが出る効果があります。
もし、あなたがイマイチ自分のコーディネートに自信が持てない…と思うなら、サプールの3色ルールを適用してみてはいかがでしょう?
また、サプールに求められるのは、外見の煌びやかさだけではありません。
それが、2番目のルールである「モラルを重んじること」に示されています。
どちらかと言うと、色のルールよりこちらのルールの方がサプールにとっては、重要なルールです。
というのも、サプールの根底には、オシャレをすることで、「人として、男としての生き方を磨く」という考えがあるからです。
なので、彼らは身に着けている洋服だけでなく、自分の立ち姿や歩き方、ステップの踏み方ひとつに至るすべての立ち振る舞いに意識を集中し、とても教養が高く、礼儀正しい人物ばかり。
サプールが子どもたちから憧れの対象として見られ、街行く女性からも愛されているのが、その証拠でしょう。
彼らは自分達が、人々の注目の的になることで、コンゴという国を変える大きな原動力になるという信念を持ちサプールとして生きているので、このルールこそサプールが守るべきルールと考えているのです。
コンゴの人々の希望に…
人は、自分の人生に希望を見いだせなくなった時、堕落がはじまります。
貧しい国に生まれ、生き抜く環境は劣悪。
働けども、働けども、貧しさから抜け出すことが叶わない。
そんな状況が続き、自分の人生における希望がなければ、働く気力も失せ、犯罪や薬物といった目先の快楽に走り、争い事が絶えない毎日…。
そんな若者を抱える国は、アフリカや南米といった地域ではよく見られることです。
また、それは国が貧しいからという理由だけではなく、世界でも有数の経済大国である日本にも見られる現象ですよね。
若者に活力がなく働かないと、国としての経済力は向上していきません。
また、若者のエネルギーが悪い方向に向けば、なによりもサプールが嫌う戦争や内戦といった争いごとが起きる原因になってしまいます。
しかし、若者に希望があれば、それは健全な意欲となり、頑張って働き、国の経済力も上がっていくでしょう。
サプールは、そんな若者たちが意欲の湧く希望となるべくサプールとして振る舞っているのです。
「サプールがその場にいるだけで、場が華やかになり、イベントの格式が高くなる」
そんな理由から、サプールは謝礼つきでいろいろな式典や結婚式の場に招かれることも多く、そんなサプールを見た若者は、
「勉強して学校に行き、紳士になるための知識と教養を身につけ、良い仕事に就く」
「頑張って働いて、ブランド品の洋服を手に入れる」
というようにサプールに憧れ、そんな生き方を自分達も実現したいと意欲の源となるのです。
サプールはそんな若者たちの身近にある憧れの対象として、また、目標として希望になることで、若者たちが働く意欲のきっかけを作ろうと考えているのです。
そして、次の世代に「サップ」という人生観を受け継いでいき、生まれ育ったコンゴを自分達が誇れる国にする。
それが、サプールという生き方なのです。
街の先輩サプールのもとには、サプールになりたい若者が集まり、彼らに教えを乞います。
そこでサプールから伝授されるのは、コーディネートの基礎や、スーツの着こなし、ネクタイの結び方といった外見的なものから、紳士としての常識やモラルといった道徳観。
そのため、自発的に結ばれた師弟関係とはいえ、ルールを守れない後輩には、厳しく、時には諭すように、一人の人間として、またサプールとしてどう在るべきかを指導しています。
こうして代々、先輩サプールは、ファッションセンスだけでなく、サプールとしての生き方を教えて、次の世代に受け継いでいくのです。
また、そうした意欲は、地域経済の活性化にもつながります。
高級ブランドの洋服を求めるニーズが多ければ、近所にそういった洋服をならべる洋服店が出来るでしょうし、それに伴って、靴屋や仕立て屋なんかも出来ることでしょう。
そうなれば、雇用を生み出すことにもつながりますし、それが渦を巻くように地域全体の経済効果が高まり、その渦が大きなうねりとなり、国全体の経済を活性化させるというプラスのサイクルを生み出すことができます。
平和のために銃を捨て、服を着飾る
「平和を願う」という想いは人類の共通の願いだとしても、その表現方法は人それぞれ。
たとえば、ジョン・レノンとオノ・ヨーコはベッドインで平和になると主張しましたね。
サプールがとる平和への表現方法は、『着飾ること』。
「服を汚したり破ったりするような争いが、あってはいけない。」
サプールの中でも、ベテランであるセブランさんは、1997年の内戦時、戦火が迫る中、自分が大切にしているスーツや靴が盗まれないよう庭に埋め、家から避難しました。
その時は、3日くらいで帰って来ることが出来るだろうと考えていましたが、帰宅できたのはなんと1年後。
慌てて庭の土を掘り返すものの、雨にさらされて大切な服や靴はボロボロになっていました。
この経験からセブランさんは、平和のためにサプールとして生きることが自分への使命だと再認識するようになります。
争いによって、高いお金を払って買ったブランドの洋服を傷つけたくないからというのも理由のひとつです。
しかし、それよりも内戦によって大切な洋服を失い、「オシャレを愉しむのも平和でなければ、成り立たない」という教訓から得たのがサプールの精神です。
ですので、サプールにとっては、大切な服を傷つけるような行為、喧嘩や争いを仕掛けることは最大のタブーとされています。
まとめ
ポール・スミスが影響を受けたというその鮮やかな着こなしや、わずかな収入の中でも高価なスーツを買い、オシャレを楽しむといったところが注目されるサプール。
しかし、その根底にあるのは、自分たちの自由を奪うような体制への反発。
長い内戦の時期を過ごした中で、渇望した平和への欲求。
その想いを美しく着飾ることで表現したのが、サプールという生き方なのです。
今では、私達日本人の多くが、戦争の悲惨さを知りませんし、生まれた時からずっと平和だった時代を過ごしています。
ですので、何をするにおいても、「平和だからこそ出来る」という当たり前のことを少し忘れがちではないでしょうか。
洋服を着て着飾ることももちろん、家族と食事に出かけたり、気の合う仲間と趣味を楽しんだりすることや、普段の仕事に至るまで。
すべて平和だからこそ、できること。
ファッションセンスや着こなしといった部分だけではなく、平和への取り組みやジェントルマンとしての在り方。
私たち日本人にサプールが教えてくれることはたくさんありますね。