真っ暗なスクリーンに、一筋のトランペットで始まるリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れ、丸い天体の向こう側から眩しい太陽がティンパニの音とともに顔を出す・・・映画ファンなら観たことがない人はいない、「2001年宇宙の旅」。
今回はその、2001年宇宙の旅の衣装を手がけた、ハーディ・エイミスの特集です。
目が離せない斬新な構成、他の追随を許さない圧倒的なビジュアル。
傑作と言われるSF映画が次々と作られる中、いつ観ても古臭さを感じさせないのは、この映画くらいではないでしょうか。
何と言っても現実には2001年はとうに過ぎているのに、この映画ときたらインチキ臭さや古めかしい感じがしません。
このこと自体がもう名作の証といっても良いですよね。
これには莫大な制作費はもちろん、SFXの視覚効果デザインをよりリアルにするため、科学考証に多くの科学者や研究者が参加しているという事実や、10年以上の年月を費やされて制作されていることなどからも、キューブリックのこの映画にかけた情熱が伺い知れます。
「時計じかけのオレンジ」「シャイニング」など、スタンリー・キューブリック監督の映画はどれも傑作ばかりですが、この映画はやはり別格。
何度も観てしまうのは私だけではないと思います。
だってまだCG技術が存在していない時代の映画なんですよ?
それであの完成度は、おそるべしとしか言いようがありません。
そして、何度も観ているうちにふと気になるのが、俳優たちの衣装や持ち物。
1968に公開されたにもかかわらず、劇中のファッションまでいつ観ても新しさを感じさせてくれます。
全てがかっこいい映像の中では、主役のヘイウッド・フロイド博士の着ているスーツや持っているカバンもまたカッコよく見えてきて、できれば同じものを持ってみたいと思う人も多いのでは。
そこで、突き止めました、採用されているブランドを。
「ハーディ・エイミス」なるブランドです。
今回は2001年宇宙の旅の衣装を手がけた、ハーディ・エイミスについてご紹介します。
この映画を手がけたハーディ・エイミスのスーツを着て、一人こっそりと楽しむのもまたいいものですよ。
2001年宇宙の旅の衣装を手がけたハーディ・エイミスとは
ハーディが大切にしていたコンセプトは、
・ 過去(伝統)への尊敬
・ 未来への展望(他とは違う独自性)
・ 未来への展望(他とは違う独自性)
で、クラシックでありながら、かつトラディショナルなスタイルを基調とした服作りをする名テイラーとして知られています。
ハーディ・エイミスは、ハーディ・エイミス卿によって1945年に創業された伝統あるテイラーです。
創業から早くも3年目にして、エリザベス女王のドレスをデザインするという機会に恵まれました。
創業当時からサヴィル・ロウ14号にアトリエを開き、1950年には既製服を販売するブティックを開業します。
そして1955年にはロイヤルワラントを授与されるという栄誉を賜りました。
また、1959年には紳士服にも進出します。
エリザベス女王から王室御用達を賜り、ドレスメーカーとしてその名を知られたハーディ・エイミスは、1968年に公開された2001年宇宙の旅の衣装デザインを手がけ、サヴィル・ロウのテイラーの中でも一躍その名を世界に広めました。
ハーディ・エイミスが自身のサイトでも語っているように、SF映画と紳士服のコラボレーションは、映画の世界で最も可能性が低いコラボレーションだったようです。
なぜならハーディ・エイミスは王室御用達のオートクチュールデザイナー。
あまり接点があるとは言い難い組み合わせですよね。
しかし、元々カメラマンだったキューブリック監督は、時代を超えた映像美学を追求したいと考えていました。
キューブリック監督の「時代を超えた美学を持ち、内在的なリアリズムでSFを構築したい」という思いと、ハーディ・エイミスの「未来への展望」というコンセプトがうまくマッチングしたのかも知れません。
特にエイミスの作ったキャビンアテンダントの卵型のスペースヘルメットやスリムフィットスーツは、未来の美の象徴として、映画の中でも重要な役割を果たしています。
それはサヴィル・ロウに存在した、伝統を重んじる古典的な部分も持ちながら、先駆的な感覚を有したデザイナーであるハーディ・エイミスだからこそ為し得た偉業なのでしょう。
ハーディ・エイミスの引退後は、イアン・ガーラントがクリエイティブディレクターとして就任し、その1年後の2003年に、ハーディ・エイミス氏は永眠しました。
2001年をリアルで体験したハーディ氏はどんな思いだったのでしょう。
現在ではサヴィル・ロウ8番地に店舗をオープンし、プレタポルテ(既製服)からビスポーク(完全オーダーメイド)、アクセサリーなど幅広く展開しています。
ハーディ・エイミスの遺産
世界が産業革命により急成長していた60年代当時、ファッション界もまためまぐるしく激動の時代を迎えていました。
当時ハーディ・エイミスはエスクァイア誌にファッションスタイルのコラムを定期的に書いていました。
今では珍しくもありませんが、デザイナー自らがファッションについてコラムを記すというのは、画期的な試みだったかも知れません。
その内容は、鋭敏さと創意工夫が随所に盛り込まれた魅力的なデザインの数々で、彼は文才にも恵まれていたようです。
そのコラムはのちに一つに編纂され、1964年に「ABC of MEN’S FASHION」という一つの本にまとめられます。
この本は今でも印刷され続けています。
ハーディ・エイミスのスーツ
それでは、ハーディ・エイミスの気になるスーツを見てみましょう。
ザ・ハーディ・スーツ・ブリンズリー・フィット
現代的なカッティングが施された、快適な着心地のブリンズリーフィットスーツ。
全体的にスリムですが、ウエストはそれほど絞られていないので、見た目のスリムさに反してゆったりとした着心地が楽しめそうです。
ネイビー・モヘア・スリーピーススーツ・ブリンズリー・フィット
ウール100%のネイビーモヘアを使用したスリーピースのスーツです。
ネイビーは信頼度の高い色として、ビジネスシーンには多用されますね。
また、スリーピースは公式な場や、きちんとした服装が求められるシーンでも対応できるスタイル。
この一着のスーツで、あなたの信頼度も確固たるものになります。
チャコール・ラージ・ソフトチェックスーツ
快適なブリンズリー・フィットのスーツを、チャコールグレーの落ち着いたチェック柄で仕立てた一着。
毎日のビジネスシーンに、またカジュアルなお出かけにも使える便利なスーツです。
ネイビー・バーズアイ・ウールスーツ
ざっくりとしたバーズアイのネイビースーツ。
白いシャツと黒のオックスフォードシューズを合わせれば、ビジネスシーンにぴったりのスタイルです。
バーズアイのスーツはともすると野暮ったくなってしまいがちですが、このスーツはブリンズリー・フィットのスリムカットなので、スマートに着こなせますよ。
チャコールグレー・シャドーチェック・スーツ
個性的なシャドウチェックの入ったスーツ。
柄のアップです。
ブリンズリーフィットスーツのパンツは全てポケットの上に小さなポケットが付いていて、チケットや小銭を入れるのに便利。
ネイビー・ネイルヘッド・スーツ・ブリンズリー・フィット
ネイルヘッドウールを使用した深いネイビーのスーツ。
デイリーユースにぴったりなスーツですね。
裏地は同色の落ち着いた色で構成されたオリジナルモノグラム。
白いブランドラベルが爽やかです。
ハーディ・エイミスのカジュアル
ハーディ・エイミスのカジュアルウェアです。
ニットやポロシャツ、アウター、シャツ、ズボンまで揃っていますので、その中からいくつかをご紹介しますね。
カステルコードスティッチ・カーディガン ウール&カシミアブレンド
上品な薄いキャメル色の襟付きカーディガンです。
ダークネイビーのジーンズと合わせてリラックスした印象。
グレーダブルブレストカーディガン メリノウール
カーディガンながらダブルブレストデザインのため、ちょっとしたお出かけや訪問などにもジャケットがわりに着用できる優れもの。
ネイビーダブルボタンカーディガン メリノウール
内勤のオフィスやくつろいだバーなど、カジュアルなブレザージャケットの代わりとして着用できるカーディガンです。
ブルーダブルブレストPコート ウール&カシミアブレンド
細い斜めのラインが入った生地の織りデザインが特徴的ですね。
ブラウン&グレーストライプPコート ウールブレンド
茶色とグレーの糸を合わせた畝のようなストライプが特徴のコート。
ざっくり感が暖かそう。
合わせるなら茶色のチャッカーブーツとダークネイビーのジーンのコーディネートがオススメ。
グレー・ダブルブレスト・ブリッジコート プレーンナイロン
肌触りの良いナイロンとコットンをブレンドした生地でできたコート。
後ろのウエストにはゴムが入っており、自然な形で体にフィットします。
ネイビー・テイラード・ジップ・ボンバー プレーンナイロン
ポリエステル100%素材のボンバージャケットです。
オフの日のカジュアルや、スラックスとコードバンの靴を合わせてちょっとしたお出かけなどにもコーディネートしやすいジャケット。
ドクターヘイウッド・フロイドが持っていた鞄
映画の中の衣装はハーディ・エイミスが担当していますが、小物までそうかどうかは定かではありません。
しかし、ハーディ・エイミスは昔からアクセサリーや香水なども扱っていたので、小物だけ違うブランドというのは考えにくいでしょう。
2001年宇宙の旅は、斬新でインパクトのある映像美で有名ですが、同時に難解な内容の映画の代名詞としても知られていますね。
元々は難解なシーンにはナレーションが入るはずだったのに、キューブリックの指示より、全てカットされてしまったらしいですよ。
そんな難解でミステリアスな部分があるからこそ、より集中して美しい映像に引き込まれるのかもしれませんが。
冒頭の「ツァラトゥストラはかく語りき」に始まりヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」、リゲティの「ルクス・エテルナ」や「レクイエム」など多くのクラシック音楽を用いている点も特徴です。
美しい映像と耳慣れた音楽にひき込まれ、音楽が突如なくなり、思わず息を飲んで見いってしまう静寂なシーンなどもある中、ホッとするひとときが、人間同士のやりとりがあるシーン。
特に宇宙服ではない、普通のブラウンのスーツを着たフロイド博士の登場シーンは急に親近感が湧きます。
未来でもビジネスマンはスーツ着用なのか・・・と思いつつ鑑賞する人がいるかどうかはさておき、博士がリラックスした表情で受付の女性と会話するシーンでは、大きな書類入れのようなビジネスバッグを持っています。
これも、ハーディ・エイミスのものですが、現在では同じモデルは残念ながら見当たりません。
しかし、使いやすそうでシンプルなデザインはそのまま受け継がれています。
ブリーフケース ナイロンレザートリム
レザーのハンドルと取り外し可能なショルダーストラップがついたブリーフケース。
ジップがガンメタルになっているのが渋いですね。
ノートパソコン対応です。
ブリーフケース エンボスレザー
デザインは違えどそのスタイリッシュさは健在です。
間口が大きくなっているので、パソコンや書類の出し入れも簡単ですね。
ストラップは取り外し可能です。
ハーディ・エイミスのオリジナルモノグラムがエンボスプリントされた豪華な革製のフォリオバッグ。
バッグの他にもタイや香水、スカーフや革小物など、様々なものを取り扱っています。
パスポート・ホルダー・エンボスレザー
これが一瞬モノリスに見えたあなた、重症です。
こちらはハーディ・エイミスオリジナルのモノグラム・エンボス加工が施された丈夫なパスポート入れ。
カラーはネイビー、シックで落ち着いたデザインですね。
Dr.ハリス・アーリントンケルン 100ml
おしゃれな紳士はもちろん香りも一流。
フロイド博士もつけていたのでしょうか。
この香水は、ロンドンで最も古い薬局Dr.ハリスとのコラボレーションから生まれたもので、控えめな柑橘類とシダの爽やかな香りが特徴です。
ハーディ・エイミスまとめ
巨匠スタンリー・キューブリック監督の2001年宇宙の旅の衣装を手がけた紳士服ブランド、ハーディ・エイミスについてご紹介してきました。
ハーディ・エイミス自体はサヴィル・ロウにアトリエを構え、早くからエリザベス2世のドレスを仕立てるなど、由緒ある伝統的なオートクチュールブランドです。
キューブリックが伝統的な仕立て屋であるハーディ・エイミスになぜ目を留めたのか。
それは、ハーディ・エイミスが「伝統の尊重と未来への展望」をコンセプトとしていたからです。
ロイヤルワラントを賜りながら、一方では先進的なデザインを雑誌のコラムでアドバイスしたり、オートクチュールにこだわらずにプレタポルテを取り扱ったり紳士服に進出したりという、その柔軟さが未来の宇宙の衣装デザインを任せられるという、キューブリックの判断に至ったのかもしれませんね。
記事の中でご紹介したスーツやカジュアルウェアは、
・ザ・ハーディ・スーツ・ブリンズリー・フィット
・ネイビー・モヘア・スリーピーススーツ・ブリンズリー・フィット
・チャコール・ラージ・ソフトチェックスーツ
・ネイビー・バーズアイ・ウールスーツ
・チャコールグレー・シャドーチェック・スーツ
・ネイビー・ネイルヘッド・スーツ・ブリンズリー・フィット
・カステルコードスティッチ・カーディガン ウール&カシミアブレンド
・グレーダブルブレストカーディガン メリノウール
・ネイビーダブルボタンカーディガン メリノウール
・ブルーダブルブレストPコート ウール&カシミアブレンド
・ブラウン&グレーストライプPコート ウールブレンド
・グレー・ダブルブレスト・ブリッジコート プレーンナイロン
・ネイビー・テイラード・ジップ・ボンバー プレーンナイロン
・ネイビー・モヘア・スリーピーススーツ・ブリンズリー・フィット
・チャコール・ラージ・ソフトチェックスーツ
・ネイビー・バーズアイ・ウールスーツ
・チャコールグレー・シャドーチェック・スーツ
・ネイビー・ネイルヘッド・スーツ・ブリンズリー・フィット
・カステルコードスティッチ・カーディガン ウール&カシミアブレンド
・グレーダブルブレストカーディガン メリノウール
・ネイビーダブルボタンカーディガン メリノウール
・ブルーダブルブレストPコート ウール&カシミアブレンド
・ブラウン&グレーストライプPコート ウールブレンド
・グレー・ダブルブレスト・ブリッジコート プレーンナイロン
・ネイビー・テイラード・ジップ・ボンバー プレーンナイロン
などです。
また、フロイド博士が映画の中で使用していたカバンの面影を残しているカバンとして「ブリーフケース エンボスレザー」をご紹介しました。
2001年宇宙の旅はその後続編として「2010年」をピーター・ハイアムズ監督が撮りますが、2001年〜の世界観とは別のものになっていましたね。
「2001年〜」は、やはり唯一無二のSF映画の最高傑作として、いつまでも後世に語り継がれてほしいものです。
そして、今の私たちと同じように、後世の人がこの映画を観るたびに「衣装はもう○十年も前のものなのに、一向に古びた感じがしない」という感想を持ち続けるのではないかと思っています。
それは映画の力だけでなく、ハーディ・エイミスの感性が集結されたセンスから作られた衣装であると言えるでしょう。
サヴィル・ロウの伝統と革新的なスタイルを併せ持つハーディ・エイミス、映画ファンならずとも、このブランドスーツを作ってみたくなったのではないでしょうか。
映画ファンとしてこっそり楽しむもよし、正統派英国スーツとしてワードローブに加えるもよし、ですね。