祖母は細々とした和物の手芸が好きで、綺麗な布の切れ端が出るとシジミの貝殻に貼り付けてストラップを作ったりしていました。
このストラップ、実は日本では昔からあり、これを「根付」と呼んだらしいんです。
根付は日本よりも海外での知名度が高く、古くから美術品として評価され、熱心なコレクターもかなりいる様子。
現在ではまた、根付の静かなブームがやってきて、日常で使う人も増えてきています。
今回は、そんな根付の世界にご案内します。
根付とは
江戸時代、女性は細々としたものを袂に入れて運んでいましたが、男性は印籠や財布などを着物の帯から下げていました。
根付とは、その印籠や財布が落ちないように留めておくための留め具のこと。
水戸黄門などの時代劇で目にしたことがある人もいるのではないでしょうか。
携帯ストラップの元祖
根付は今でいう、キャラクター付きのストラップのようなもの。
紐の端にマスコットのような小さな彫り物などが付いています。
初めは実用目的としての留め具でしたが、次第にデザインに凝るようになり、専門の根付師が登場して非常に細かな造りの根付が製作されるようになり、ミニチュア彫刻として、人気を博しました。
根付は着物のワンポイントとしてアクセサリー感覚で個性を表現する、いわば男性ファッションの一部だったのですね。
また、お伊勢参りなどの記念として買い求められていたそうですから、現代の観光地におけるストラップやキーホルダーと同じような感覚だったのかもしれません。
ただし、根付は現在のストラップのように、装飾のみというわけではなく、きちんとした役割がありました。
根付の役割
根付の役割は、印籠、たばこ入れ、巾着、矢立てなどを着物からぶら下げるために、用いられたものです。
財布代わりの巾着や、お金、食べ物、筆記用具、薬などを入れておく小型の革製鞄や、印籠、巾着、たばこ入れ、矢立てなど帯から下げるものを「提げ物」と読んでいました。
根付は、提げ物の端に紐をつけ、紐の反対側に根付をつけて帯に挟んで使います。
今のようにポケットなどない時代、根付は物を携帯するのになくてはならないものでした。
極小の芸術品(彫刻・素材など)
日本で発明され、製作された根付ですが、今では日本よりも国外で、その骨董価値が高く評価されています。
小さなものでは1cmくらい、大きなものでは数cmのものもあり、材質は黒檀、象牙などの硬いものです。
根付は装飾品としてブレイクした当時、彫刻専門の根付師がいて、その緻密な技法を競い合いました。
根付師は江戸だけでなく、日本各地に存在して流派が形成され、特に京都は「東西」で江戸の根付と人気を二分していました。
ちなみに江戸の根付は粋を重んじた、細やかで洒落の効いたもの、京都の根付は雅で京都の風情を反映する、おおらかなものが特徴だったと言われています。
〈蛸を持つ異国人〉
〈牛〉
また、島根では現在の江津市で作られたものを「石見派」と呼び、人気を集めていました。
〈富春「蓮葉に蓑亀」(クジラの歯)〉
〈巌水「扇面草図」(象牙)〉
古典根付と現代根付
江戸時代に実用として使われていたものを「古典根付」といい、骨董価値のあるものとして、度々美術展などで公開されています。
一方、明治以降の根付作家が造る根付を「現代根付」と呼び、江戸時代からの伝統技術を継承しながらも、新しい素材や技法で造られ続けています。
現代根付
〈冬・寒椿〉
〈影絵遊び〉
〈草子洗小町(能)〉
根付の歴史
根付が世間に広がり始めたのは太平の世になった徳川家康の時代からです。
徳川家康は大変な薬愛用家で、高級武士や公家にも薬の大切さを説き、外出時には常備薬を持ち歩くことを奨励したと言います。
当時の常備薬は切り傷や腹痛、頭痛薬などで、戦国時代が終わっても直参の旗本や外用大名、その奥方は携帯するようになりました。
薬を携帯するときに必要なのが、その入れ物。
そこで目をつけられたのが、印籠と朱肉を入れる携帯用印籠でした。
携帯用印籠をさらに小型化し、印籠や朱肉の代わりに常備薬を入れて、帯からぶら下げるようになるのですが、このとき帯から落ちないようにと使われたのが「留め具」の役割をする「根付」。
これが、根付の始まりと言われています。
江戸時代
江戸初期は印籠の普及期であり、その根付として銅製の糸印(いといん)が多用されました。
特に豊臣秀吉は、有名な糸印の蒐集家で高級武士もそれに習って糸印の蒐集に励んだと言われています。
〈狛犬紐の糸印〉
江戸時代にはどこの屋敷にもかなりの数の糸印が存在し、日用品として印籠を下げる役割を果たしていましたが、角ばった糸印はしばしば帯を傷めてしまうこともありました。
17世紀になると帯を傷めない、丸みを帯びたものに変形していきます。
また、17世紀から18世紀には洒落、エスプリ、伊達心などが付加され、高級武士や公家だけでなく、茶人や商人、町人まで普及していきました。
江戸後期に入って爆発的に流行した根付は、美術品として収集の対象となります。
明治〜平成
19世紀中頃になると、万国博覧会への出品がきっかけで、日本の芸術がヨーロッパで高く評価されます。
これの流れはジャポニズムと呼ばれ、クロード・モネやゴッホが浮世絵を模写した作品を作り出したことでも有名ですね。
明治には海外への輸出目的で「超絶技巧」と呼ばれる細かい彫刻の作品がたくさん生み出されました。
根付も例外ではなく、現在では日本よりも海外でたくさん見つかっています。
2014年には大英博物館から、個人のコレクターによるたくさんの根付の寄贈品を元に作られた「NETSUKE」という本も出版されています。
大正、昭和に入ると和装から洋服が主流になり、ポケットのついた洋服では出番がなくなったため、根付は衰退の一途をたどりました。
しかし、平成に入ってからは再び脚光をあびるようになり、多くの現代作家も生まれて、「現代根付」として動きが活発化してきています。
江戸時代の男のおしゃれ
江戸時代、庶民には服装(着物)の規制があり、原則として派手な色柄の格好をしてはいけない世の中でした。
そこで、江戸の人々は着物の色に「四十八茶百鼠」と言われるほど様々な茶色や灰色を用いて、微妙なニュアンスを楽しみました。
歌舞伎の団十郎が着ていた着物の茶色から名付けられた「団十郎茶」という色が流行ったのもこの頃です。
そんな規制の多かった江戸で、根付は個性を表せる小物の一つとして大流行し、粋なファッション表現として広まります。
また、富裕層が所持した根付は蒔絵や象牙のものもあり、ステータスの象徴である根付は現在の高級時計ロレックスのようなもの。
財力とセンスを示すためのアイテムとして、こぞって蒐集するお金持ちが多く存在しました。
例えば教養があることを誇示したいなら、詩が書いてある根付、財力を示すなら毛の一本一本まで掘り出された精巧な動物の根付など、それぞれに工夫の凝らされた根付を数多く集め、身につけることで財力を表したようです。
根付の遊び心
装飾品としても流行した根付は、根付師がしのぎを削って作った様々な凝った作品が残されています。
また、富裕層が財力を示すアイテムだったと同時に、小粋でエスプリの効いた付け方は、職業やその人柄を示すものとしても広まりました。
例えば大工さんなら鉋(カンナ)の根付、算術関係の職業ならそろばんの根付と言った具合です。
また、洒落やとんちの効いたものもあり、見る人の目を楽しませるものでもありました。
江戸の庶民が幕府の目をかいくぐり、楽しんだ遊びの精神が垣間見えるようですね。
〈鉋〉
〈猫を引く鼠〉
根付の種類
根付には様々な種類があり、形状と作成地域で分類されます。
【色々な根付の形状】
・輪車(環状)根付
・箱根付
・穴彫根付
・面根付
・差根付
・饅頭根付
・形彫根付
・柳左根付
・鏡蓋根付
・からくり根付
江戸の男の粋ルール
根付にも今と同じようなファッションルールがありました。
例えば今年のものでない干支の動物を身につけるのは、コーディネート的に「無粋で野暮」。
また、同じ根付を連日つけるのも、粋ではないとみなされたとのこと。
現代でも同じネクタイを二日続けて締めるのは、暗黙のうちにタブーとされていますよね。
昔の流行発信地である江戸も、ファッションにはルールがあったようです。
根付の使い方
昔は帯に挟んで使っていた根付。
現在ではその芸術性が重視され、女性でも財布やバッグにつけて楽しむ人もいます。
また、男性でも携帯やスマホ、財布などにつけて楽しむ人もいます。
根付は骨董品のような高いものばかりではなく、現代作家が作ったものや、雑貨店などで気軽に手に入れられるものもあり、気軽に楽しめます。
〈海洋堂 海獣根付〉
根付師・根付作家
現代根付の作家はたくさんいますが、その一部をご紹介します。
〈桜井英之〉
国際根付彫刻会の創立者の一人で、副会長。
日本象牙彫刻会の副会長でもあります。
〈阪井正美〉
江戸後期の名工・鈴木正直の子孫で、五代目。
〈小野里三昧(おのさとざんまい)〉
古典根付にはない図柄を得意とし、江戸の遊び感覚を今に伝える代表的な根付師。
〈稲田一郎(1891-1977)〉
一郎根付としてコレクターから愛された根付師。
「なれ」を楽しむ
根付の楽しみ方として、精巧な技法を鑑賞することと、もう一つ「なれ」を楽しむということがあります。
「なれ」とは、経年からくる使用感や変色具合、磨り減った状態のこと。
なれを味わうことは江戸時代からの持ち主、先人と同じものに触れる喜びであり、歴史を受け継ぐロマンとも言えます。
コレクター達が根付に魅せられるのは、この「なれ」による味わいとのこと。
なかなか奥深い世界ですね。
高円宮コレクション
故高円宮親王は多趣味で有名でしたが、根付コレクターとしても有名です。
高円宮殿下が根付コレクターになったのは、高円宮久子様の影響だそう。
高円宮久子様は2011年に根付に関する博士論文を執筆し、大阪芸術大学大学院で博士号を取得されるほど、根付に造詣の深い方です。
久子様に出会うまでは、根付について別段興味のなかった高円宮殿下も、根付について興味を持つようになってからは、文献を読んで作品を収集するようになり、ついには著作を出版するほどの蒐集家となりました。
東京国立博物館では常時、高円宮コレクションが公開されています。
展示品は年4回の入れ替えがあり、常時50点の根付を展示。
ぜひ一度は拝観してみたいコレクションです。
高円宮コレクション「毛づくろい」
円宮コレクション「一人旅」
他にも過去の展示物の中には、水木しげるを思わせるような妖怪や、荒巻鮭の切り身、人魚、カウボーイなど見ているだけで楽しくなるような作品が数多く展示されています。
根付が見られる国内外の美術館15
根付は全国各地に展示されている美術館があり、中には根付の美術館も存在します。
また、海外には根付作品をたくさん所蔵している美術館が、数多く存在します。
旅行した時に近くにあったら、是非足を運んで見てくださいね。
京都 清宗根付館
現代根付を中心に、根付約400点を展示しています。
美術館として使われる、京都市に現存する唯一の武家屋敷は建物としても見もの。
場所:京都府京都市中京区壬生賀陽御所町64-1
清水三年坂美術館
根付や印籠を収蔵し、幕末から明治にかけての超絶技巧の美術工芸品を常設・企画展示しています。
場所:京都府京都市東山区清水寺門前産寧坂北入清水三丁目337-1
電話:075-532-4270
東京国立博物館
高円宮コレクション室にて常設されています。
場所:東京都台東区上野公園13-9
電話:ハローダイヤル03-3272-8600または03-3822-1111(代表)
たばこと塩の博物館
時々たばこ入れや根付を展示しています。
場所:東京都墨田区横川1-16-3
電話:03-3622-8801
東京藝術大学大学美術館
古根付72点、現代根付38点を収蔵しています。
場所:東京都台東区上野公園12-8
電話:050-5525-2200
東京富士美術館
蒔絵印籠箪笥と根付つきの蒔絵印籠を所蔵しています。
場所:東京都八王子市谷野町492-1
電話:042-691-4511
須坂市立博物館
根付と印籠を所蔵、握り具合の素晴らしい錘馗の根付あり(事前に博物館にお願いすると見せていただけます)
場所:長野県須坂市臥竜二丁目4番1号
電話:026-245-0407
徳川美術館
徳川家伝来の印籠や根付を収蔵しています。
場所:愛知県名古屋市東区徳川町1017
電話:テレホンガイド052-935-6269
大阪市立美術館
カザール・コレクションの根付や印籠を収蔵、常設展の一環として時々根付も展示されます。
場所:大阪府大阪市天王寺茶臼山町1-82
電話:06-6771-4874
島根県立石見美術館
現在はそのほとんどが海外に流出してしまっているという貴重な石見根付を見ることができます。
場所:島根県益田市有明町5-15 島根県芸術文化センター「グラントワ」
電話:0856-31-1860
大英博物館
約2,000点を超える根付を収蔵し、常設展示もあります。
場所:Great Russell Street, London WC1 B 3DG, UK
電話:020-7323-8525
ヴィクトリア&アルバート美術館
およそ1,000点にも及ぶ根付を収蔵し、館内の東芝ギャラリーには根付162点と印籠52点が常設展示されています。
場所:Cromwell Road, London SW7 2RL, UK
電話:020-7942-2000
メトロポリタン美術館
2,500点に及ぶラッセル・セイジ夫人の根付コレクションを収蔵しています。
場所:1000 Fifth Avenue, New York, NY 10028-0198, USA
電話:212-535-7710
スタンフォード大学キャンター・アート・センター
およそ1,000点もの根付を収蔵しています。
場所:Stanford Campus at 328 Lomita Drive and Museum Way (Off Palm Drive), Stanford, California, USA
電話:650-723-4177
ロサンゼルス・カウンティ美術館
ブッシェル・コレクションをはじめ、約830点の根付を収蔵し、常時150点ほどの根付が公開されています。
場所:Wilshire Boulevard, Los Angeles, CA 90036, USA
電話:323-857-6000
〈過去の根付展〉
大英博物館:根付と江戸時代の男性ファッション
https://www.britishmuseum.org/whats_on/exhibitions/dressed_to_impress.aspx?lang=ja#5
https://www.britishmuseum.org/whats_on/exhibitions/dressed_to_impress.aspx?lang=ja#5
根付が購入できるお店
根津の根付屋
現代根付の作家物を多く取り扱っている東京・文京区のショップ。
展覧会も行われており、蒔絵や彫刻、陶器など、日本の伝統文化や最新アーティストの根付を観ることができます。
提物屋
東京・四谷にある根付と提物の専門店。
他に置物や書籍なども扱っています。
静課堂
錫製品を製作・販売しているお店。
根付は作品紹介のカテゴリ「装い」で見ることができます。
銀座もとじ
銀座もとじ
こだわりの着物や、着物周辺の製品を取り扱うお店です。
ネットショップがあり、男の着物—小物のカテゴリから根付の一覧が見られます。
根付まとめ
江戸の粋、男のおしゃれ「根付」について、ご紹介しました。
・根付は江戸の携帯ストラップ
・日本よりも海外での骨董的価値が高い
・根付は徳川家康が広めた常備薬が元
・実用品だった根付がファッションアイテムとして大流行
・根付の洒落、遊び心
・現代根付師の紹介
・根付の醍醐味は「なれ」
・高円宮コレクションについて
・根付が見られる国内外の美術館15
(京都 根付専門美術館、東京国立博物館、大阪市立美術館など)
・根付が買えるお店
根付はたった数センチの美術品ですが、その中には奥の深い世界が広がっています。
日本人は精巧なものや細かいものが好きですが、元々ミニチュアが好きだったんだなぁと改めて感じますね。
同時に、日本人は昔から、豊かさを楽しむ名人だったことを再発見した気分です。
あなたもぜひ、根付を取り入れて日常をより楽しんでみては。