フルオーダーのスーツをまとったからといって、必ずしも革靴までフルオーダーで仕立てたほうがいい、というわけではありません。
ジョン・ロブやエドワード・グリーンなど、既成靴でも良品はありますし、フルオーダーにも合うという話は耳にするところです。実際、『MEN’S EX』などで特集されている革靴の記事を見てみると、何度も磨き込まれ革が柔らかくなったジョン・ロブの黒い靴などは黒いダイヤモンドのような輝きを発し、その柔らかい革からは老紳士のようなたたずまいを感じさせてくれるものです。
実は雑誌を見てジョン・ロブが欲しくなったことは、一度や二度ではありません。私自身、ジョン・ロブなどは既成靴であっても、一度は履いてみたいと思っています。
しかし、既成靴だとそれが革靴の場合、私は靴ずれをしなかった試しはありません。
購入したばかりの頃は「靴ずれは仕方がない」と誰もが思うものでしょうし、実際誰もが私に「最初は靴ずれするものだから仕方がないですよね」と伝えてくれました。ショップの店員さんまでもが。
どんなにフィットするサイズを購入しても、フィットしきれていないのだと思います。必ず、歩いてしばらくすると靴ずれしてきて、変えることには血が流れていることも。
ですから私のように、靴ずれをすることが基本である場合、どんなにいい革靴だとはいっても帰りにまた痛い思いをするのかと思ったら、憂鬱な気持ちになることがあるでしょう。
私自身、本当にこれまで革靴を履いて靴ずれをしなかったことはないほどでしたから。購入してしばらく履いた革靴でさえ、いつも靴ずれをしているほどです。
しかし、靴ずれをしない革靴は、確かにあります。
それがフルオーダーの革靴です。これこそが、ジョン・ロブの既成靴よりも先に、価格は随分と異なるのにもかかわらず、フルオーダーの革靴から仕立てようと思った理由のひとつでもあります。
それほど、靴ずれをしない革靴というのは、私にとって憧れでしたし、「そんなこと本当にできるのかな」という疑問が常にあったアイテムなのです。
今回はローマの名店と言われていたGATTOの流れを組む唯一の工房の、3代続く靴職人により仕立てた革靴の体験記を、お届けしたいと思います。
どこで革靴のフルオーダーを知ったのか?
私の場合、もともと一緒に仕事をする知人から、「フルオーダーのスーツをつくるならば、シューズも一緒につくったほうがいいですよ」と言われていましたので、その知人経由で革靴の受注会も知った、ということになります。
なんでも、「博物館に収められてもおかしくないレベルのシューズ」なのだとか。
博物館に収められる革靴ってなんだろう、とその時は思ったのですが、よくよく考えてみると、それだけ歴史があって、それだけそういう世界の方々から認められている、たぶんそういうことなのだと気づきます。
ナポリのサルト同様、誰にでも予約ができるわけではないので、恐縮ながらブランド名は伏せておきますが、ローマに拠点を持つこのシューズメーカーは、同じくローマの名店として誉れ高かったGATTOの職人と技術を後継する唯一の工房だそうです。
またイタリアの公的機関にブーツをオフィシャルに提供し続けている、3代続く歴史あるメーカーでもあります。
生まれながらにしてシューズの職人になることが義務付けられたオーナーの佇まいは柔和で明るく、食事に行くと葉巻を振る舞ってくれます。このあたり、人柄が出ますよね。
ナポリのサルトといつも一緒に受注会を開催しているので、このスーツならばこのシューズ、という具合にコーディネートも楽しむことができ、個人的には組み合わせで悩む必要を減らしてくれるので、投資対効果の観点から気に入っています。
その分、オーダーの機会が増えるわけですが(笑)。
革靴のフルオーダーも受注会から
スーツ同様に、シューズをオーダーする場合も受注会に参加することからはじまります。
私がオーダーしたのはナポリのスーツと同じ受注会場だったため、スーツの生地を選んで採寸をしたあとで、今度はシューズも検討しようとサンプルの革靴を手にとって眺めていました。
革だけだとイメージしにくいものの、実際に磨かれたサンプルを前にすると「こういうふうに成長していくのか」と想像する楽しみも増します。
サンプルの革靴は磨き込まれているせいか、どれも革が煌めいており、一つに絞ることがなかなかできないな、と思っていたところ、シューズ職人がiPadを持ってきて、過去に作成したシューズを写真で見せてくれました。
太陽のもとで撮られた写真のせいか、色合いがクッキリとわかります。もちろん光の当たり方により表情は変化するわけですが、革の場合は一つとして同じ革はない、というところもまた大切にしようと思う事実になります。
悩む楽しみがオーダーにはある、とは知人の言葉ですが、オーダーしたスーツに合わせて、どんな靴にしようか考えることもまた、フルオーダーならではのまさに悩む楽しみです。
革選びは実物とサンプル、ローマで撮った写真から
シューズの革選びはサンプルとしてローマから持ってきた革靴、そして革の切れ端、また職人がローマで撮ってきた写真から決めるわけですが、
なかなか悩ましいのは、例えばジョン・ロブで知って憧れた柔らかな革というのは、磨かれ続けた革であり、新品の革の場合はその光沢を出すことが難しい、ということです。
ですから、どうしてもイメージしている皮と目の前にある革は異なってきます。経験をすることで、この新品の革ならエイジングするとこうなるかな、と予測が立てられるようになるはずですが、私の場合はまだまだ初心者です。なかなか新品の革を前にするとどうエイジングされるのかが想像できません。
そこで、職人にこんなふうに伝えました。
「色は濃い茶色がいいと考えていて、今回オーダーしたスーツにある革靴をお願いしたいのですが」
すると、この濃紺のヴィンテージ生地で仕立てたスーツには、カジュアルよりもクラシカルな方がいいかなとなり、フレンチカーフの濃茶でつくったサンプル画像をiPadで見せてくれました。
ストレートチップで内羽根。ストレートチップの一文字の箇所にメダリオンのような装飾がつく程度の、シンプルなつくりです。革は異なれど同じモデルはあるということで、サンプルから持ってきてくれたのが写真の革靴。
コレならどんなスーツにも合わせることができそうだと気を良くし、職人さんオススメの革と型でオーダーすることにしました。
採寸は写真とスケッチで
革と型が決まると、次は採寸。
私を椅子に座らせ、靴下を脱がせると、まず白いスケッチブックの上に足を置かせて写真を何枚か、いろいろな角度からパシャパシャと撮る。
すると次は鉛筆を撮り、胸ポケットに入れていたアクアブルーの縁取りのメガネを掛け、足の形どおりに白いスケッチブックの上にデッサン。
シャッシャッと鉛筆で足の形が白い紙の上に現れると、次は私の足に手をやり、スケッチブックに向かって押したり手を放したり。
その後は立ち上がるように言うので立ち上がり、体重をかけてと言うので言われたとおりに右へ左へと体重をかけていました。
たぶん、地面との接地面を見ているのだと思います。
しばらく思案し、押したり放したりした際のデータのようなものをスケッチブックに書き込んでいき、最後に私の名前と日付を書き込んで採寸は終了。
発注、そして請求書
採寸した段階で発注は決まりなので、特に契約書を交わすなどはなく、価格を伝えられることもなく。
ナポリのサルト同様、そういうもののようです。
価格を見てから購入したり、自動販売機や前払いでの支払いであったりに慣れている人からすると、この購入の際も価格がわからないというのは難易度が高い買い物だと感じるかもしれません。
私自身もそう考えていたのですが、幸いにも知人からそういうものだと聞いていたので、心構えはできていました。
しかし今となっては、価格を知らないで購入するというのは、とても大切なことのようにも思えます。
例えばコレこそ自分が求めていたものだと思うものに出合った時、価格を見ないで買うものだと思うのです。いくらであろうと、買う。
これこそ購入する時に必要な心構えだと考えておりまして、そこまでしてほしいものでなければ買わないという選択肢もありなんですよね。
むしろそのほうが自然じゃないかと。
そうはいっても気になる方々はいらっしゃると思いますし、私がスーツを着てシューズを履いて知人に会うと、まず聞かれるのは価格です。やはり価格に興味津々というのは、そういうものなのでしょう。
ですから私が経験したものに限り、価格も紹介しようと考えました。
今回のフレンチカーフで仕立てた内羽根のストレートチップの場合、請求書記載の価格は48万円でした。着手金としてスーツ同様、半額を先に納入、というのは同じです。
博物館クラスと聞いていましたから、それなりの価格であることは予想していましたが、スーツ以上に革靴のほうがビックリしました。
スーツと革靴がほぼ同じ価格か、と。
既製服を購入する場合、19,800円から69,800円程度が日本のスーツショップで見かける価格帯だと考えていますが、靴は1万円から2万円がボリュームゾーンかなと感じていました。
ですからスーツのほうが靴よりもだいぶ高いというのが私の先入観でして、それだけにスーツもシューズも変わらない、いや2つ合わせたら、ちょっとした軽自動車とかなら買えてしまうじゃないか、と思ったことはいい思い出です。
まとめ
フルオーダーでスーツを仕立てるならば、靴も合わせてオーダーした方がいいとはフルオーダーのサルトを紹介してくれた知人の言葉でありますし、経験した私としても同じように考えていますが、その理由のひとつは「スーツとシューズの雰囲気が合うかどうか」に関わっています。
フルオーダーでスーツを仕立てる場合、生地はもちろんサルトの歴史まで感じさせるものになりますから、シューズにもそういった歴史を感じさせるものが必要になります。品格のフィットを、装いは求めるものだと考えているからです。
しかし、革靴をオーダーした方がいい理由は、もちろんそれだけではありません。事実、ジョン・ロブなどはフルオーダーのスーツにも合わせている紳士諸氏は大勢いると思いますから。
私が革靴こそフルオーダーした方がいい、と結論付ける理由は、履いた当初から靴ずれにならない、また靴ずれになりにくい、ということに驚いた経験からです。
別の記事にて、その経験を紹介したいと思います。楽しみにお待ちくださると、幸いです。