別の記事では、受注会から革選び、採寸、着手金の請求までを紹介しました。今日は仮縫いから納品までを、紹介したいと思います。
シューズもフルオーダーでスーツと合わせてつくったほうがいい理由もその記事で記していますが、こちらでも少々紹介しましょう。
ひとつは、スーツの雰囲気とフィットする靴を履く必要があるため。
そしてもうひとつは、この記事で紹介する「靴ずれにならない・靴ずれになりにくい」という特長のためです。
実際のところ、全く靴ずれがなかったわけではなく、履いてしばらくしてから、ホテルで靴を脱ぐ時にかかとが少し痛かった程度の靴ずれはありました。
しかし、コレは仮縫いのシューズで起こった出来事でして、本納品された革靴では、はじめて履いたときより今に至るまで、一度も靴ずれはありません。
これまで諦めていたことは、じつは解決可能だった。そんな思いで満たされ、うれしかったことを覚えています。
今回の記事も私の体験談になりますが、スーツやジャケットと合わせて、シューズもオーダーしたいと考えているみなさんにとって、お役に立てばと思います。では、いってみましょう。
仮縫いで驚いた体験
採寸してフレンチカーフのストレートチップを内羽根でオーダーし、およそ2ヶ月を経た頃、再び受注会が開催されておりまして、行ってきました。
スーツもシューズも仮縫いができたので、合わせに来てくださいとのこと。
時期的に12月、自分へのクリスマスプレゼントのような気分もあり、受注会の開催場所が恵比寿ということもあり、恵比寿ガーデンプレイスのクリスマスイルミネーションが気分を盛り上げてくれます。
受注会の会場は前回と同じサービスアパートメントの別の部屋でして、しかし間取りは似ていますから落ち着き感はあります。まだ二回目なのにマイホーム的な感覚になるのは不思議なものです。
到着し、革でつくられたキーホルダーをクリスマスプレゼントということで手渡され、ワインで乾杯。相変わらずモッツアレラチーズとオリーブは美味しく、こんがりさせたバゲットとよく合います。イタリアの食は豊かなんだな、ということがわかる彩りです。
少し歓談したところで、靴職人が靴を持ってきて、履いてみなさいと。待ってましたとばかりに靴べらをもらうと、職人は踵の部分をよくもみほぐし、靴紐をゆるめて足元に持ってきてくれました。
コレはナポリのサルトもそうなのですが、彼らは基本、ジャケットを着て仕事をしています。よそ行きの格好なのに、それで仕事をしている姿勢に好感を持つばかりでして、彼らからはスーツや靴ばかりではなく、世界の仕事、世界で一流の仕事とはこういうものだという空気を感じさせてもらっています。
彼らと一緒に歳を取り、スーツもシューズもメンテナンスをしてもらいながら歳を取っていく。そんな付き合いになるよう、仕事にも張りが出てくるので人間関係とはエネルギーの源泉にもなると体感しているところです。
さて、仮縫いの革靴とはいえ、パッと見たところ完成品です。スーツの仮縫いのように糸が見えているわけでもなく、ツギハギになっているわけでもない。
強いていうならば仕上げ用の釘が靴底にない程度でして、他は完成品と変わりません。
聞くと、革靴の仮縫いとはそういうものだとのこと。なるほど、コレがフルオーダーの靴ということか。
履いてみると、ややフィットし過ぎかな、と思えるところがあり、それを伝えるとしばらく履いていてください、とのこと。
言うとおりに靴紐を締め、しばらく履いていると、ちょっとゆるく感じるようになってきたから不思議なものです。
どちらかというと右足の方がゆるく感じてきたので、それを伝えると、右のほうがゆるめにつくってあると。なるほど、コレで好みを確認するのか。さすがの仮縫い靴だなぁ、と感嘆したものです。
では、左足のように締め付けてお願いしますとなりまして、靴の仮縫いは終わり。
仮縫いの靴を脱ぎ、ふと思ったので質問をしてみました。
「この仮縫い靴の革をばらして、本納品用の靴にするのですか?」
すると・・・
仮縫い後にやって来た追加セールス
「いや、この靴はあくまでも仮縫いだから、いうなればお役御免なんです。もしかしたら、ローマの店にサンプルとして並べるかもしれませんが・・・」
と話してくれまして、え、靴の仮縫いってスーツやジャケットと違い、エラい贅沢なんだな、とちょっとため息。これ、普通に既製品を買っていると決してわからない世界だよな・・・としばらく呆然としていました。
履けるのに、ただ仮縫いだけのためにつくられた靴。なんだか、切ない。
しばらく経ってから、思い出したように靴職人が通訳兼エージェントに話しかけます。
「もしこの革靴が気に入ったなら、仮縫いだけれども譲ってあげるよ。お金は・・・12万円でいいよ」
こんな感じで、まさかのワンタイムオファー。
この機会を逃したら決して手に入らない、私だけのためにつくられた私の革靴の仮縫い。いったい、どうして断れようか。
というわけで、この仮縫い靴も購入することになり、コレはこの日持って帰ることに。
「仮縫いは毎回するんですか?」
と聞くと、同じ型の靴であれば木型があるので基本はやらないとのこと。例えばスクエアトゥで一度つくったならば、次回スクエアトゥでつくる場合は仮縫いはしないけれど、ラウンドトゥでつくる場合は仮縫いをしますと。
ブーツをつくる場合も同様で、チャッカブーツやモカシンなど、靴のタイプに応じて木型をつくる必要がありますから、その度に仮縫いの靴をつくるそうです。
ですから次回注文することになる、コードヴァンのラウンドトゥの場合は、仮縫いはしない、ということになります。
ちなみに靴を作成する時につくる木型がそのままシューツリーになりますから、革靴とシューツリーのフィット感は言葉にできないほどです。スッと入り、キュッと収まる。
シューツリーさえも持ち運んでしまう、今日この頃です。
仮縫いの革靴でも普通に履くことができる
さて、持ち帰った革靴ですが、早速毎日のように(本当は休息日を設けたほうがいいのですが)履き、海外出張にも履いていきました。
足へのフィット感がとても心地よく、スニーカーよりも革靴のほうが気持ちが良いほど。
最初こそ、一日中どころか3日7日と履いていたせいか、踵の部分に靴ずれができてしまいましたが、他の革靴を履くとどんなに馴染んでいても必ず靴ずれをする、親指の付け根は靴ずれ知らずとなりました。
踵よりも親指の付け根の方が、歩く時に気になる箇所だったので、コレはうれしかったですね。
靴底は革のままでゴム張りをなしにしていたので、特に雨の日は履かないようにし保革用のクリームは気づいたら必ず塗りこむようにしていました。
1ヶ月の内にコレを履かない日はなかったんじゃないかというほど履いていましたので、もはや足の一部と言ってもいいほど。
しかしそんなハードな使用にもへたることなく、革靴は磨くほどに光沢を増し、靴底もしっとり感を醸し出してくれます。
ただあたりまえではあるのですが、徐々に靴底はすり減っていきました。後に靴職人に聞くと、それは履きすぎですので、何足か揃えてローテーションしてくださいと。
休息日を設け、手入れをし続けることで何年も何十年も履くことのできる靴ですから、長い目で見ればコストパフォーマンスがいい。靴ずれもせず、足にフィットし続ける。自分とともに歳を取っていく。
フルオーダーに出合い、はじめてコストパフォーマンスの意味を考えるようになりました。
本納品の革靴はここが違う
次回受注会になると、本納品用の革靴も仕上がっておりまして、コレは受注会前に郵送してくださいました。2着のオーダースーツと一緒にです。
オーダースーツについては別の記事で書きましたので、ここでは本納品の革靴について。
靴の箱を開けると柔らかい布で覆われた状態で本納品の靴は収納されておりまして、布を持ち上げてみると中には木型がキッチリはいっています。このシューツリーが入っていれば、靴の形は守られますので安心です。
パッと見たところ、フレンチカーフで濃茶の色合いはそう変わることはなく、しかしコレは全体の印象としか言い様がないのですが、シュッと引き締まった感がありました。
仮縫いの靴も素晴らしく気品があふれる靴ですが、本納品の靴は別格。そんな雰囲気を感じます。つくりは同じなのだけれども、魂が違うというか、そんな感じでしょうか。
そして異なるのは、踵の高さ。靴職人から踵は高くするかい?と聞かれたのでお願いしたのですが、踵を高くした結果、高貴な雰囲気がさらに増したように感じます。
そして本納品では靴底にゴム、ラバーを張ってもらいました。このラバーがなかなかお目にかからないほど重厚感のあるもので、コレなら靴底が減らないんじゃないか、と期待させてくれるほど。
実際には減っていくわけですが、それでもこの力強さというかガッシリさは他に類を見ません。
履いてみると、仮縫いの靴より引き締まっていました。特に踵のあたりの引き締まり度は秀逸で、ゆるめに靴ひもを締めても踵が浮かないほど。この踵が浮かない、というのは大切だと思っておりまして、あまりにゆらゆら浮いてしまうと、靴ずれの原因になるだろうと考えているからです。
仮縫いも本納品も同じだろうと思っていたのですが、見事に期待を上回る靴が登場し、コレが世界の一流による仕事ということかと気分が高揚したことを覚えています。
やはり仮縫いと本納品と、分けるだけありますね。
まとめ(次はコードヴァン)
本納品された靴を履いてから受注会に参加したこともあり、すでに発注した靴は手元にありますから、次はどんな靴にしようかサンプルや革を見ていたところ、靴職人が以前のようにiPadを持ってローマで撮影したサンプルをさらに見せてくれまして、目に止まったのはやや赤みがかった濃い茶系の革靴。
ああ、これこれ。以前も気になっていたシューズだったな、と顔がほころびまして。
ストレートチップで外羽根、メダリオンが施されたその靴を何度も何度も眺めていると、その革はコードヴァンだという。
え、コードヴァンて馬のお尻の?と聞くと、そうですね、と。かねてから財布でコードヴァンの革製品を探していたほど、あこがれのあった革がコードヴァンでした。
その光沢に引き込まれ、では次回はコレで、とコードヴァンの靴をオーダー。
「君の足なら、ラウンドトゥがいいと思う」と言われたこともあり、前回発注したフレンチカーフの内羽根ストレートチップと同じくラウンドトゥでつくることに。ということは、仮縫いはなし。ちょっと残念なような、ホッとしたような。
この記事では仮縫いから本納品、仮縫い後に起こった追加セールスや仮縫い靴と本納品靴の違いなどを紹介してきました。
靴一足に、なかなか数十万円は考えられないかもしれませんが、フルオーダーとはモノだけにお金を支払うのではなく、職人の腕と生き方、そして代々受け継がれてきた技術など、人生と人間関係にお金を支払うのだと思います。
ある意味、文化や芸術そのものに、そしてそれらを継承していくことにお金を投資する。それがシューズのフルオーダーであり、スーツやジャケット、コートやパンツのフルオーダーでもある。
プレタポルテやパターンオーダーとは異なる、オーダーというコミュニケーションをぜひ、多くの紳士諸氏に味わってほしいと思います。
素晴らしい職人との出会いを、願っています。また!