先日の記事ではフルオーダー体験記として、ナポリのサルトリアで仕立てるナポリ編を記しました。
ナポリのサルトリア、とはいっても年に4回来日する機会における受注会ですので、ナポリまで行ったわけではありません。サルトリアによっては定期的に来日するところもありますので、気軽にフルオーダーを試すのであれば、来日するサルトリアを探してみるといいかもしれません(検索すると、いくつか出てくるかと思います)。
仕立てたスーツが納品された時、それをまとって鏡を見ると身体のラインがただ美しいだけではなく、自然にボリューミーに、そしてやわらかく見せてくれたことに気をよくし、ちょうど知り合いの経営者から「ミラノに日本人が仕立てるサルトがあるんです。ナポリのサルトで仕立てたのであれば、ミラノも試してみては」と紹介されたということで、ミラノのサルトリアの受注会・・・トランクショーと呼んでいますね、そこにご一緒させてもらいました。
ここでは普段外出時に着用するジャケットをオーダーするのですが、そのフルオーダー体験記を紹介したいと思います。ミラノ編として、お楽しみください。
ミラノのフルオーダーはここが違う
この記事を書いている時点では、まだ納品がされていないので、仮縫いを終えた時点での話となりますが、ナポリのサルトとミラノのサルト、イタリア人と日本人という違いはあれど、仕事に対する細やかな取り組みはどちらのサルトも同じようであるように思います。
ナポリとミラノという地名通り、コレは私の先入観かもしれませんがナポリの方は陽気な印象、ミラノの方は流行の先端を行きながらカッチリとした印象を覚えます。
では仕立てるフルオーダーのスーツはと言うと、ナポリのそれは美しいカーブを描くラインを持ちながら、着心地がいい、そしてフルオーダーの場合は型紙を使わない。ミラノのそれはカッチリと角ばったスクエアショルダーにシェイプしたウエストライン、ブリティッシュスーツに近いと言われています。
ナポリといえばハンドメイドのフルオーダーであることに対し、ミラノといえばどちらかと言うとプレタポルテ、高級既製服というイメージを彷彿させます。日本でも著名なエルメネジルド・ゼニアやロロ・ピアーナ、そしてボリオリはミラノスタイルと言ってもいいでしょう。
エレガントなナポリのスーツに対し、トレンドの最先端を行くミラノのスーツ。
私が仕立てているツイードのジャケットだと比較にならないのですが、先日ナポリのサルトではモヘアのスーツをオーダーし、次回ミラノのサルトでは同じくモヘアのジャケットをオーダーする予定です。
色はネイビーを考えているので、両方が揃ってから、比較記事を書いてみたいと思います。
ミラノのフルオーダーも受注会から
ミラノのサルトの場合、年に3回か4回ミラノから東京、そして大阪にやってきて、「トランクショー」を開催します。ナポリのサルトは「受注会」と読んでいますが、内容は同じです。サルトにより、呼び方が異なる、ということだと思います。
なかには百貨店のメンズ服担当者がサルトに声をかけ、百貨店内の催しとして受注会を開催したり、日本のテーラーがサルトを招き、受注会を開催したりすることもあります。
個人的に、これまでフルオーダーの受注会を経験してきた結果思うのは、百貨店が主催する受注会は継続開催されるのだろうか、という不安がある、ということです。
フルオーダーの場合、生地や仕立てのメンテナンス含めて長く付き合うことを前提にオーダーしたほうがいいかと思いますので、百貨店が受注会を取りやめた場合、その後のメンテナンス連絡はどうすればいいのだろう、というわけです。
それならば正直なところ、パターンオーダーやイージーオーダーでお店を構えて経営しているテーラーと末永く付き合ったほうが、好みの把握もメンテナンスの連絡も容易ですし、いいのではないかと思います。
私が紹介されたミラノのサルトが開催するトランクショーは独自の開催のようでして、東京開催は懇意にしているお店から会場を借りているようですが、大阪開催の場合はホテルの一室を使ってのものでした。
どちらも訪れましたが、東京のガラス張りの部屋は雰囲気ありましたし、大阪のホテルでは眼下に阪急電鉄の駅があり、電車の往来を眺めることができます。私が訪問した時間はちょうど夕方だったのですが、夕焼けの美しさとともに阪急電鉄カラーの電車がとても気品があり、いい場所での開催だったと覚えています。
まずはトランクショーの予約をしなければフルオーダーのスーツをつくることはできないわけですが、ナポリ同様にこちらもやはり、最初は紹介してもらったほうがいいように感じます。
紹介がなくてもメールなどを用いれば予約することは可能なようですが、フルオーダーの醍醐味はその価格以上に人間関係とコミュニケーションにあると考えますので、合う合わないの判断が大切なようにも思います。
その点、知り合いの紹介であれば、その知り合いの方自身が合う合わないを判断する手助けをしてくれるでしょうから、安心です(そうはいっても・・・ということもありえますが・・・)。
ナポリ同様に春夏秋冬に合わせて開催されることが多いと思いますので、ぜひミラノのサルトで仕立てている知人をまずは探してみることから、はじめてみてください。
受注会会場は目黒の一軒家風オフィスにて
ガラス張りのトランクショー会場は目黒の閑静な住宅街にある一軒家風のオフィスでした。道路から眺めると中庭のような場所があり、中庭の向こうにオフィスがあります。
大きな窓があることから風通しの良さを感じさせる会場です。外からは仮縫い、または中縫いのリネンのスーツがハンガーに掛けられており、大きなテーブルの上にはバンチやヴィンテージ生地のサンプルが並べられていました。
すでに発注したお客様向けの、仮縫いや納品用の品ですね。
普段は何に使っているオフィスなのかはわかりませんでしたが、受注会用に鏡を並べてあると、それなりの雰囲気になります。割りと広めで天井も高い空間でしたから、エレガントな空気でしたね、そういえば。
会場に入ると大きなテーブルをはさみ、着席。対話のはじまりです。
対話から導かれる生地選び
ナポリの時とは異なり、ミラノのトランクショーでは、厳かな雰囲気のなかで対話からはじまりました。どんな場面で着るジャケットを考えているのか。という質問からはじまった対話は、「飛行機の中ででも着続けられる、丈夫なもの」「常夏の地域でも着ることのできるもの」「一緒に歳をとり、墓場にまで着ていける一生のもの」という言葉を導き出してくれまして、それが逆にサルトを悩ませることになりました。
丈夫で着るほどに味の出て来るもの、ということはしっかりとした厚手の生地がいいけれど、それだと暑い地域では着ることができない。暑い地域でも快適に着ることのできる生地なら、例えばリネンがあるが耐久性はどうしても足りなくなってしまう。
あちらを立てればこちらが立たずという状態でして、じっと考え込んでいる静かな時間がしばらく。
やがて、口を開いて出てきた言葉が、
「やはり、1年に2つのジャケットを着回すということを考えたほうがいいと思います。私自身、春夏はモヘアのジャケット、秋冬は今着ているジャケットを常に来ているのですが、着込むほどに自分のシワが刻まれていくような感じです」
確かこんな言葉でした。
そこでまずは秋冬ものということで、ツイードの生地を勧められ、色や柄も身体が大きな方には無地か無地に近いもののほうが映えますよということで、柄のない無地を選択。
ついでに、おそらくはウールだと思うのですが、グレーのネクタイもオーダーしました。
採寸は手際よくカッチリと
採寸のやり方そのものはナポリのものとそう変わりはありませんが、陽気なナポリ人の採寸とは異なり、厳かな雰囲気のなかで静かに着々と数字を書き出していきました。
ナポリの受注会がゆったりとした優雅な時間だとすると、ミラノのトランクショーは静かで贅沢な時間。
これはナポリかミラノかというよりも、サルトの性格に関わってくるのだと思います。
生地選びの丁寧さから人柄の良さがにじみでていましたので、仮縫いを楽しみにしつつ、トランクショー会場を後にしました。
まとめ
トランクショーが終わってからしばらくすると、一通のメールがやってきました。
開いてみるとミラノのサルトからで、今回オーダーしたジャケットの生地の産地がエディンバラのさらに北にあり、そこからはるばるやってくるというような、生地の生い立ちとストーリーが描かれていました。
そんな生まれと育ちをもつツイードの生地が、あのジャケットになるのかと思うと、うれしくてたまらなくなり、そんなメールを送ってくれるサルトのセンスに惹きつけられた次第です。
ナポリのサルトとミラノのサルトとでオーダーした結果感じたことですが、どんなヴィンテージ生地を仕入れることができて、どんな仕立ての技術を持っているのか、というのはもちろん大切なサルト選びの判断基準かもしれませんが、
それ以上に大切なことは、サルトとの相性ではないかと思います。
ナポリ仕立てのフルオーダーがほしいとは言っても、日本人サルトのような仕立ての細やかさはなく、どちらかというと仕事の流儀とか、男の流儀を感じたい方、また細部そのものよりも全体としてのセクシーさ、美しさを求めるならばナポリのサルトのほうがいいのかな、と思います。
たぶん仕事のキッチリさでいったら、日本人のほうがいいように感じます。
いずれにせよ、合う合わないは人により様々ですから、両方とも体験してくださるとうれしいと思いつつ、ミラノのサルトリアでの体験記を記しました。
参考になれば、幸いです。