ナポリのサルト体験記からはじまり、こちらはミラノのサルト体験記の第2回。
どちらも日本にサルトがやって来た際の受注会であり、ナポリではスーツを、ミラノではジャケットをオーダー。
ナポリとミラノ、そしてスーツとジャケットの違いはあれど、対話から作品をつくりあげていく様子は似ていると感じます。日々仕事やプライベートに時間を投資しているビジネスパーソンにとって、フルオーダーの緩やかな時間は憩いの場になる予感があります。
ぜひ一度、フルオーダーの門を叩いてほしいと思います。
さて、前回の記事ではミラノのサルトによる受注会、トランクショーですね、参加から採寸までを書きました。
前回のまとめで書いたのですが、採寸後に送られてきたメールに感動したというエピソードから、本記事をはじめたいと思います。
どうぞ、お楽しみください。
届いたメールに心を奪われました
ツイードの生地はほかにもいろいろ扱っているメーカーがあるのですがココは昔ながらの風合いを残しながら作っている機屋なので私もお客様にお勧めしています。
昔ながらのツイードは最初はガシガシしていますが着ていくほどにしなやかになってきます。
是非次回の仮縫いをお楽しみになさっておいてください。”
・・・これは採寸が終わり、しばらくしてから届いたメールの文章です。
ツイードの生地を選ぶまでのやり取りが、素晴らしくゆとりのあるリラックスできる空間と時間を演出してくれたので、仮縫いが楽しみで仕方がなかったのですが、この文章を読んでなおさら楽しみになりました。
あのツイード生地にはこういう生まれ育ちがあったのかと。どことなく、愛おしい気持ちになるから不思議なものです。
それに着ていくほどにしなやかになっていくとは、そういうふうに歳を取りたいと考えている私にとって、心の琴線に触れるメッセージでした。
フルオーダーということで、それなりの価格となるジャケットではありますが、すべてをハンドメイドで仕立てることと生地にまつわるストーリーの共有、そして作り手の人生経験までも盛り込まれたジャケットであれば、確かにリーズナブルといえるかもしれません。
社会的に影響力があり、責任を増していくポジションに居る人ほど、いい服を身にまとってほしいと思います。
請求書の到着
実は上記のメッセージは、請求書が添付されたメールの本文でした。しかしこういった演出のある請求書であれば、うれしいものです。不思議と、支払いたくなるのですから。
おそらくですが、この世界観の一員になりたい、という気持ちが働くのだと考えています。
ナポリのフルオーダーのおかげで、大体の価格は予想していましたが、このジャケットの価格は予想よりも高くなく、受け取った際にこんなにお求めやすくていいのかな、と思ったほどです。
もちろん、既製服やパターンオーダーに比べると高価な部類にはいると思いますが、それでも高くないと思った自分がいたことは、事実です。
価格に対する気持ちは人それぞれですが、一流の人を相手にする一流のサルトの仕事を目のあたりにできるなら、新卒で会社に入社する新入社員の皆さんには、初任給だけでは足りませんが2ヶ月分か3ヶ月分を用意して、フルオーダーのジャケットを一着、仕立ててほしいと思います。
着手金として半額、納品後に半額という支払い方法は、ナポリのサルトと同じでした。
不思議なものでこれまでにない金額を支払うにも関わらず、自分が一歩成長したような、多くの方々が経験しないような世界に足を踏み入れた感があったのは、思いがけない経験でした。
仮縫いもトランクショーにて
ナポリのサルトにおけるフルオーダーを経験しているせいか、流れがだいぶわかってきた感があります。着手金を銀行振込にて支払い、待つこと3ヶ月。仮縫いができたので、次回のトランクショーにお越しください、という案内がメールで届きました。
ミラノのサルトはナポリのサルトと異なり、東京で2日、大阪で2日という短期滞在ですので、仮縫いや中縫いを確認しようと考えたら、彼のスケジュールに合わせる必要が生じます。
日本にいるならば都合をつけてその時間帯だけでも東京か大阪にいるようにすればいいでしょうが(大体1時間あれば、十分かと思います)、私の場合は海外に出ていることもあるため、都合をつけにくいことがやや悩ましいところです。
しかしツイードのジャケットにお目にかかりたい一心で、東京のトランクショーは都合がつかなかったものの大阪ならば行けそうだとなり、大阪で会うことを約束。
会場である大阪のホテルロビーで待ち合わせし、高層階の部屋へと移動。中に入ると、かなり大きなドレッシングルームが完備された部屋でして、鏡も四方にあり仮縫いを羽織った姿をよく眺めることができます。
外が見やすいようにという配慮か、部屋に備え付けられた窓はやや外に突き出るような造りになっており、フロアそのものも窓に合わせて外側に出っ張るようになっていますから、ホテルの壁に邪魔されることなく、眼下に広がる景色は270度程度の広がりを見せてくれます。
足元で何か動くものがあったので、見てみると阪急電鉄の電車が駅に出たり入ったり。目の前では夕焼けがまばゆい美しさを発し、大阪のビル群の中に徐々に姿を消していく。
なかなか、贅沢な空間でのトランクショーです。
仮縫いでの細やかなチェック(ウォーキングと補聴器)
雑談をしながらふと横を見ると、スタンド式のスーツハンガーにはツイードのジャケットが。コレが自分のジャケットだと確信すると、では仮縫いを着てみましょうかとなり袖を通しました。
仮縫いとはいえ、生地は実際のツイードを使っていますから、肌触りは納品時のものと変わらないはずです。袖を通した感想は、期待通りの肌触りでして、このシャリシャリチクチクした粗さ、力強さを求めていたので、コレは一緒に成長することができるとうれしくなりました。
ドレッシングルームに移動して鏡の前に立ち、ところどころを引っ張ったりしながら針を指し、手を加えていく。時間にして5分程度で手直しが終わり、するとふと私の耳についていたコードに目を留めて、
「補聴器は、普段どこに入れておくことが多いですか?」
と質問されました。シャツに胸ポケットがあればそこに入れることが多いので、胸ポケットですかね、と話すと、
「では、補聴器が胸ポケットに入っているとして、調整しましょうか」
ときました。コレには正直、驚きました。そこまで考えてジャケットを仕立てるのかと。
そういえばナポリ仕立てのときもフィッターから、ポケットの数はいくつでどこに何を入れるんだ?と聞かれたようなことを思い出し、コレこそフルオーダーだなとうなったものです。
なるほど、では私としてもどんな場面でこのジャケットに袖を通すのかをきちんとシミュレーションしようとなり、考えることしばらく。すると、仕事以外のときは補聴器を外している事に気が付きました。であれば、普段使いのジャケットは、補聴器を外した状態で着ることが多いだろうとなり、補聴器の着用はしないものとして貯精してもらうことに決定。
他にもペンや長財布などを入れるなら、採寸時に伝えておいたほうがいい、ということですね。またひとつ、学ぶことができました。
採寸が終わり、しばらく四方からの姿を眺めた後、
「では、あちらの窓の方まで歩き、こちらに戻ってきてください」
というお願いがありました。なるほど、歩き方のクセとか、歩く時にどう腕や足、身体が動くのかをチェックするのだな、と推測。
既製服やパターンオーダーやイージーオーダーで仕立てたスーツにはよくあったのですが、一見ちょうどいいサイズに思えても(実際、直立不動ではいいサイズです)、腕を前に伸ばしたり上に上げたりすると、記事の長さが足りずに突っ張ってしまい、動く際にストレスを感じたものです。
当時はある程度我慢をして着るものだと思っていましたが、フルオーダーで仕立てたシャツとスーツの「ややゆるい」フィット感から、ああコレは我慢しないで着るものなんだ、と知りました。
サルトの知恵を活用し、一人ひとりの身体にフィットするスーツやジャケットをつくる。
一流の職人は、着るものに代償を支払うことを求めない、と知ったことは、とても大きな経験でした。
中縫いをするかどうか検討させてください
ツイードを目一杯着てほしいという配慮からだと思いますが、「中縫いはしなくても大丈夫かもしれません。また連絡します」という言葉をもらいまして、前回の仮縫い、トランクショーは終わりました。
ちなみに、ナポリのサルトでは中縫いはなく、中縫いの話を聞いたのはミラノのサルトがはじめてです。サルトによりけりなのでしょうが、ミラノのサルトがきっちり仕事をするイメージを持ったのは、中縫いの話を聞いたからかもしれません。
ですから「中縫いをするかどうか検討させてください」という話が出たときは、やや残念な気持ちがあったこともい事実です。中縫いが標準のように考えていたので。
しかし、話を聞いてみると、中縫いは仮縫いから本納品に至るまでに気になる箇所が出てきたら行う、というような位置づけのようでして、必ずしも行うわけではないこと、また、時期的にツイードジャケットを手元においておきたいシーズンでしょうから、早く納品するために・・・という配慮からだったことがわかります。
結局のところ、ある部分を再度確認したいとなり、中縫いを行うことになったので、納品は12月か3月になってしまうのですが・・・。
待つ楽しみもまた、フルオーダーの醍醐味だと感じています。
まとめ
ナポリとミラノのサルトで発注したオーダースーツやジャケットの体験記を記してきました。
書いていて感じたことは、コレはあくまでも私自身の体験談であって、人の数だけフルオーダーに関する気付きがあるんだろうな、ということです。
基本的なフルオーダーの流れとして、受注会を予約し、参加。そして生地を選び採寸。ポケットやラペルなどの型を決めて発注。仮縫いと中縫いを経て納品。着手時と納品後に半額ずつの支払。このような流れは変わりませんでした。
やはり大切だなと思うのは、サルトを誰から紹介してもらうのか、ということです。
日用品を購入するようなものではないので、価格の付け方はざっくりしていますから、その価格にふさわしいものを見抜く目はもちろん必要になりますし、目を磨くためにも信頼できる紹介者の存在は必要かなと感じています。
人間関係が問われるのがフルオーダーだと感じました。
機会があれば、どこかの受注会でお会いしましょう。
「フルオーダー仕立て体験記(ナポリ編)」の記事はこちらをクリック。
「フルオーダー仕立て体験記(ミラノ編)」の記事はこちらをクリック。